かえりつくもの(パロディ版)




「ハクオロさん……?」


 エルルゥは目の前にいるずっと待ち焦がれていた人物の名前を確かめるかのように呼ぶ。


「……エルルゥ」


 懐かしく、それでいて優しい声がエルルゥの耳に届く。もう仮面は着けていないが、その声が何よりの証拠だった。


「……ぅ…うぇ……ううぅ」


 自然とエルルゥの目から涙が出てくる。ずっと前、家族だと呼んでくれた人。ずっとそばにいてくれると約束してくれた人。その人が今、目の前にいると、エルルゥは自分の中から溢れてくる「彼」を感じた。


「ただいま、エルルゥ……」


「――!!」


 彼がそう言った瞬間、彼女の中で何かが爆発した。


「ハクオロさん!!」


 エルルゥはその愛しい人の名前を呼んで、彼の胸に飛び込んだ。


(うぐっ……)


 ハクオロはエルルゥ結構きつい突進が腹に直撃して顔をしかめた。それと同時に「辺境の女は年をとるほど強くなる」っということを実感させられる。しかし、今は感動の再会の場面、ハクオロも雰囲気を崩さないようにやさしく


「エルルゥ……」


 と呼んだ。ハクオロは愛するものを二度と放すまいと抱きしめた。


「「……………………」」


 長い時間二人はお互いの存在を確かめ合うように静かに、しかし手にこもる力は強く、抱きしめ合っていた。


「……ハクオロさん」


 先に沈黙を解いたのはエルルゥだった。


「なんだい、エルルゥ」


「今度どこかに行ったら………………刺しちゃいますからね」


 エルルゥはただ純粋な猟奇的愛をハクオロに向ける。

 


……ゴクッ


 それを聞いたハクオロは背筋が凍る感覚を覚えた。そして冷汗がやけに肌を冷やしていることに気づく。


「ハクオロさん……」


 もう彼はどこにも行かない、ずっとそばにいてくれると、エルルゥはハクオロにお構いなしに思った。しかし、当のハクオロは、



(私は……最初に帰るべき場所を間違ったのだろうか?)


 そう思わずにはいられないハクオロだった。しかし、もう帰ってきてしまったものはしょうがない。


「家族はずっと一緒にいる。そ、そうだろう? エルルゥ」


 自分の身の安全を守るため苦虫を噛んだような顔でハクオロは言った。


「……はい!」


 エルルゥは満面の笑みを浮かべた。





「おとぉ〜さん!!」

「おじさまぁぁあ!!」


 ハクオロが振り向くとそこには愛しい娘たちがいた。血はつながっていないがそれ以上の絆で結ばれているアルルゥ。体に娘であるムツミを宿し、自分を「おじ様」と慕ってくれるカミュ。二人はムックルに乗ってこちらに向かってくる。


「アルルゥ! カミュ!」


 ハクオロは二人の呼び声に答えるようにその名前を呼んだ。そして名前を呼ばれた二人は待ちきれないとばかりにムックルから飛び降りようとしたが、


「アオオオゥゥン!!」


 ムックルは二人の考えを無視してハクオロに頭から突っ込んだ。


「ゲボォハァァ!!」


 森の主の子供であるムックルの体当たりは巨人兵(アヴ・カムゥ)をよろけさせるほどの威力を持っている。その体当たりをモロに受けたハクオロは当然、


「うぐっ……(カクン)」


 大丈夫なわけが無く、意識がぶっ飛んだ。



「おと〜さん、おど〜さん、おど〜ざん」


「おじさまぁ、おじさまぁ、おじざまぁぁ死んじゃやだよぉ」


 二人の少女はムックルから飛び降りるや否や、その目を赤くして、愛する人物との再会の喜びもつかの間、再び別れ、というか「永遠の別れ」になるのではないかという言葉が頭をよぎり、泣き叫んだ。


(ア、アルルゥ……カミュ……)


 その少女たちの叫びに意識を取り戻したハクオロだが、思いのほかダメージが大きくて声が出せず、目も開けることができなかった。アルルゥとカミュはそんなことは知らずにハクオロの体を揺らす。激痛が身体の隅々から感じるのだが、腕の一部分だけ熱のある柔らかい感触がする。


(こ、これは?…………カミュの胸?)


 歳不相応に膨らんだカミュの胸がハクオロの腕に密着していた。


ハクオロはダメージの割に大丈夫そうだと思わせる思考で、もうちょっとこのままで、と腕の快楽を楽しんでいると、



「二人ともちょっと離れて」


 エルルゥが少し冷えた声で泣き叫ぶ二人を制した。そして、仰向けに横たわっているハクオロの傍にゆっくりと腰をおろした。ハクオロはその気配だけで体の芯が冷えているのを感じた。



「ハクオロさん」



――ビクッ


 ハクオロは一瞬体を揺らした。



「……私、言いましたよね。今度、どこかに逝ったら……」


「ゲホッ……ガハッ………い、一体何が?」



 ハクオロはエルルゥがすべてを口にする前に飛び起きて、しらを切った。


「おと〜さん!」

「おじさま!」


 アルルゥとカミュは奇跡の生還(?)を遂げたハクオロに抱きついた。


(うっ……)


 まだ多少痛みが残っていたが、薬草(ポーション)ぐらいで治せそうな小さな痛みだったのでハクオロは耐えた。


「二人とも久しぶりだな」


 ハクオロがそう言うとうれしそうに二人はハクオロに頬までべったり抱きついてきた。ハクオロは二人の頭を優しく撫でた。


 ふと、耳元に違和感を感じたハクオロは振り向こうとすると、


「二度目はありませんからね」


 エルルゥの極寒の吐息がそれを制し、ハクオロは肝を冷やしまくって生きた心地がしなかった。



 四人の周りには何事かと辺境の村の住人たちが知らず知らずに集まってきていた。






「ほう、あなたがあの誉れ高い好色皇ですかい」


 村長(むらおさ)を務める老婆が品定めするかのようにハクオロに言った。


「誉れ高いって……自分は女性で遊ぶような趣味は持ってませんよ。それに今は、(オウロ)でもありません」


 ハクオロはにがにがしく顔をしかめながら答えた。


 あの後、一同は村人にハクオロを紹介するためにエルルゥたちの家に来ていた。今は村長、ハクオロ、エルルゥ、アルルゥ、カミュの五人で話し込んでいて、他の村人は興味津々といった感じで玄関や窓からその様子を伺っている。


「ほほほ、そう謙遜なさるな。あなたが皇となってから、色街が盛んになって、今では野党が女を襲うこともなく、女の一人旅でもできるのが当たり前になっとるよ」


 老婆は裏表なく感謝の言葉をハクオロに述べた。


「そう言って貰えても、私としては喜べないんですが……」


 少し困ったようにハクオロは答えた。


「ふむ……」


 そういいながら老婆はエルルゥの方に視線を送る。


「な、なぁに? おばあちゃん」


 エルルゥは不思議そうに老婆に聞く。


「いやなに、この方がエルルゥ様が時々上の空になって想っていた殿方なのかのうと思っただけじゃよ」


「お、おばあちゃん!?」


 エルルゥは突然自分のことを想い人の前で打ち明けられて、狼狽した。


「そ、そうなのかエルルゥ?」


「え? あ、その……違います。その……ハクオロさんが帰ってきたら何しようかなとは考えてましたけど……」


 エルルゥは恥ずかしそうに目を床に落として、頬を赤く染めた。


 嫌な予感がしたハクオロはそのことをエルルゥに尋ねた。


「あ〜、そのエルルゥ」


「はい?」


「な、なにをするつもりだったんだい?」


 その答えにエルルゥは



「んふ♪」


 と答えただけで、何もしませんよみたいな顔を作った。


ハクオロは自分の第六感がマカビンビンに働いたが、ここはあえて優しい言葉をかけて誤魔化そうとした。


「あ〜何はともあれ、私のことを考えてくれていたんだ。……ありがとうエルルゥ」


 暖かいハクオロの感謝の言葉にエルルゥは



「……騙されませんよ♪ ハクオロさん♪」



 ハクオロはあと十年ぐらい眠っとけば良かったと思った。





ツンツン……


「ん?」


 ハクオロは左腕を突っつかれたのでそちらを向くと、


「アルルゥ?」


 アルルゥが何かを訴えたそうに上目づかいで自分を見ていることにハクオロは気づいた。


「どうした? アルルゥ?」


「アルルゥも」


「ん?」


「アルルゥもおと〜さんのこと考えてた」


 アルルゥはエルルゥだけがハクオロのことを想ってたわけではないことを言いたかった。


「そうか、アルルゥはどんなことを考えていたんだい?」


 そう言ってハクオロはアルルゥの頭を丁寧に優しく撫でる。


「ん〜♪ ないしょ」



(この反応がほしかった!!)


 ハクオロは純真な少女の答えに感動していた。


 アルルゥはアルルゥで久しぶりの父親のナデナデが気持ちいいようで、そのままハクオロのひざの上にうつ伏せに乗っかって甘え始めた。


「おいおい、アルルゥ」


 少し困ったように、でも口元が自然とほころぶハクオロだった。



「おじ様ぁ」


「ん? なんだいカミュ」


「カミュもおじ様のこと忘れない日なんてなかったよ」


 そう言って、カミュは少し潤んだ目でハクオロを見つめた。


「ありがとうカミュ。うれしいよ。カミュは何を考えていたんだい?」


 ハクオロがアルルゥと同じような答えを期待してカミュに聞く。
 
 しかし、カミュはなぜか顔を奇麗な朱に染めて


「や〜ん。そんなこと女の子の口から言わせないでよぉ♪」


 カミュはくすぐったそうにモジモジし始めた。


(??? 一体何を想像していたんだ!?)


 カミュの恥じらいの意味が分からなかったハクオロだが、



(はっ!! まさか「なに」を考えていたんじゃ……)


 そんなことを考えてハクオロはカミュを見てみると


「………………んふ♪」


 熱い色っぽい視線を感じた。


(まさかカミュがそんなこと考えていただなんて! これが性に目覚めた思春期なのか! しかし……)


 ハクオロは軽くショックを受けながらも大人びたカミュに少し見とれていた。主に胸の部分に。


(カミュ……成長したな)


 そんなことを考えていると


「ん、んぅ! ハクオロさん」


 来たよ来ましたよ。この背筋がスゥッと涼しくなるような感覚。それを感じたハクオロがエルルゥのほうを見ると、エルルゥはハクオロを親の敵のように見ていた。


「ど、どうした? エルルゥ」



「……ワンカウントです」


「え?」


 ハクオロはエルルゥが何を言っているのかわからなかった。



「あと……あと一回たまったら、何かしちゃいます」


 強面でエルルゥがハクオロを恨めしそうに睨む。


「エ、エルルゥさん?」


 ハクオロはその威圧感でつい敬語になってしまった。そしてエルルゥはそっぽを向いて


「楽しみにしていますから♪」


 と言った。もう死んじゃおうかなっとハクオロはマジで思った。




「ほんに仲が良いのう」


 一部始終を見ていた村長が面白そうに言った。


「仲が良いことはええ事じゃ。ところでハクオロ殿」


 急に改まって村長は話をし始めた。


「お前さんはまた皇に戻る気はあるのかい?」


 突然の質問に場の空気が固まる。その質問はこの場にいる誰もが気になるところのものだった。


「…………」


 ハクオロは少し考えるように目を伏せた。


「ハクオロさん」

「おと〜さん」

「おじ様」

 三者三様の呼び声が室内を木霊する。しかし、ハクオロは自分の中でどうするか本当に悩んでいた。


(このままここにいると、エルルゥに殺されかれないぞ。しかし、かわいいアルルゥとカミュを置いていくこともなんだか気が引ける……う〜ん)


 ハクオロはまるでこの決断が人生の分岐フラグのように真剣に考え、そして――


「私は、もう皇ではありません。一人のハクオロという男です。國の方はベナウィという小うるさい者もいますから大丈夫でしょう。それに」


「それに?」


「正直、好色扱いされるのはもうコリゴリですよ」


 そういってハクオロは、はにかむように笑った。そして、周りにいた少女たちの顔にも安堵の色が現れていた。主に後の手の言葉に。


「そうかい。それならええんじゃ。……どうじゃろう。ならばこの村の一員にならんかね?」


「え?」


 村長の急な申し出にハクオロは戸惑った。


「なに、手当たり次第に女子(おなご)に手を出さなければの話じゃがな」


 村長はからかうようにいう。


「それはいらぬ心配ですが、しかし、私は今日急に現れたばかりの男ですよ。他のみなさんは気にしないでしょうか?」


「それなら問題ない。おまえさんはなんたって……」


 そう言いながら村長はエルルゥを横目で見て、


「エルルゥ様の『いいもの』じゃからな」


「もう、おばあちゃん!!」


 エルルゥはコロコロを笑いながら怒った。しかし、口元は見事に不気味な三日月を作っていた。またそう言われたハクオロはとても、というか今にも死にそうなほど居心地悪そうに頬を掻いた。


「恥ずかしがることないじゃろう。むしろさっさと式をあげて愛奴隷(めおと)にすりゃあいいのじゃよ。そしたらもうこの村の男になるさね」


「「め・お・と!!」」


 ハクオロとエルルゥがそれぞれ別の意味にその言葉を捉えて取り乱す。青ざめるハクオロをよそに、エルルゥなんかよだれを少し垂らしていた。


「ばあちゃん。『めおと』ってなに?」


 アルルゥが唐突に村長に尋ねた。


「『めおと』ってのは、ハクオロ殿がエルルゥ様の奴隷(おっと)になって、エルルゥ様がハクオロ殿の主人(つま)になって、ずっと一緒に同じ屋根の下に住むことじゃよ」


 村長はアルルゥに丁寧に説明した。そして、それを聞いたアルルゥが


「なる」


「「え?」」


「アルルゥもおと〜さんと『めおと』になる」


「……アルルゥゥゥ」


 実の妹に向けてはいけない視線でエルルゥはアルルゥを睨みつけた。


「あ〜アルちゃんだけずる〜い。カミュもおじ様と『めおと』になるぅ」


「カ、カミュ?」


 急にハクオロ私物化決定戦に出馬したカミュに驚いたのはこの戦いの張本人であるハクオロだった。ハクオロとしては正直これ以上ことをややこしくしないでほしかった。


「ちょ〜と、二人とも」


 堪りかねてエルルゥがにこやか〜に二人にモノ言おうとした時、


「エルンガー」


「ぁあ!?」


 アルルゥが禁句であるそのあだ名を使い、そして、


「……年増」



 ――バッツン


 どうやらその言葉がエルルゥの逆鱗に触れたようだ。闘志メラメラで震えながらエルルゥは立ち上がり、


「アールールゥー……って、待てこら!!」


 いち早く身の危険を感じたアルルゥは足早に逃げ出していた。


「あ〜アルちゃん待ってよ〜」


 とばっちりを食うと思ったカミュもアルルゥの後を追って逃げ出した。ついでにその前にハクオロにウインクの置き土産も残して。


「ちょっと待てやこんのクソガキども!!」


 もうエルルゥという少女の面影もないそのセリフを発して、三人は家の外に消えていった。



「…………ふぅ」


 一人だけこの場に残ったハクオロは、わずかな心の安穏を取り戻したと思い息をつくと、


「今のもワンカウントです♪ 今夜が楽しみですねハクオロさん♪」


 二人を追いかけていたはずのエルルゥが戸口の端から顔をだしてそう言っていた。そしてエルルゥは風の如くまた去って行った。


(もう死んじゃえよ俺……)


 ハクオロは一人でレッツゴーサインを出していた。



「おまえさんもこれから大変そうじゃのう」


 そんな言葉を陽気に言う村長。そして、


「はははは……はは…はぁ。ちょっと川まで顔を洗いに行ってきます」


 っと乾いた笑いとため息と入水の覚悟を持ってハクオロは川の方に向かった。





 こうして、自殺する勇気もなくとぼとぼ帰ってきたハクオロをエルルゥは一晩中愛し(いため)続けた。そして村の一員となったハクオロは穏やかな日々が戻ってくる実感を失いながら今日も農作業を営むのであった。


 この後、待ちうける更なる受難のことも知らずに……





あとがき
 この「かえりつくものパロディ版」は、作者が実際文章を書きくわえていく中でも心を痛めるほど、キャラが死んでいると私は分析しています。ノーマルの文章とかぶるところもあったと思いますが、しかしそのほとんどが、次々に繰り出されるエルンガーエピソードの起因となっているかと思います。しかも、書いていくうちに語り部がおかしな突っ込みを入れるぐらいテンションが上がっていたのもまた事実。どうか大きく広い目でこれからも私の作品たちを楽しんでいただけたらなぁと思います。次のうたわれ二次創作はベナウィ君(ボイス・イズ・レジェンド・オブ・浪川)が登場してくれるそうです。お楽しみにw

2007年8月9日  行天大翔



この作品を読んで「うたわれるもの」を台無しにするな! と激怒なされた方はひと押しお願いしますw





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