かえりつくもの(ノーマル版)





「ハクオロさん……?」


 エルルゥは目の前にいるずっと待ち焦がれていた人物の名前を確かめるかのように呼ぶ。


「……エルルゥ」


 懐かしく、それでいて優しい声がエルルゥの耳に届く。もう仮面は着けていないが、その声が何よりの証拠だった。


「……ぅ…うぇ……ううぅ」


 自然とエルルゥの目から涙が出てくる。ずっと前、家族だと呼んでくれた人。ずっとそばにいてくれると約束してくれた人。その人が今、目の前にいると、エルルゥは自分の中から溢れてくる「彼」を感じた。


「ただいま、エルルゥ……」


「――!!」


 彼がそう言った瞬間、彼女の中で何かが爆発した。


「ハクオロさん!!」


 エルルゥはその愛しい人の名前を呼んで、彼の胸に飛び込んだ。


「エルルゥ……」


 ハクオロも愛するものを二度と放すまいと抱きしめた。


「「……………………」」


 長い時間二人はお互いの存在を確かめ合うように静かに、しかし手にこもる力は強く、抱きしめ合っていた。


「……ハクオロさん」


 先に沈黙を解いたのはエルルゥだった。


「なんだい、エルルゥ」


「もう……どこにも行っちゃイヤですよ」


 エルルゥはただ純粋な思いをハクオロに言う。


「もうどこにも行かないよ。私たちは家族だからな」


「ハクオロさん……」


 もう彼はどこにも行かない、ずっとそばにいてくれると、エルルゥは思った。


「家族はずっと一緒にいる。そうだろう? エルルゥ」


「……はい!」


 エルルゥは満面の笑みを浮かべた。








「おとぉ〜さん!!」

「おじさまぁぁあ!!」


 ハクオロが振り向くとそこには愛しい娘たちがいた。血はつながっていないがそれ以上の絆で結ばれているアルルゥ。体に娘であるムツミを宿し、自分を「おじ様」と慕ってくれるカミュ。二人はムックルに乗ってこちらに向かってくる。


「アルルゥ! カミュ!」


 ハクオロは二人の呼び声に答えるようにその名前を呼んだ。そして名前を呼ばれた二人は待ちきれないとばかりにムックルから飛び降りてハクオロに抱きついた。


「おと〜さん、おど〜さん、おど〜ざん」

「おじさまぁ、おじさまぁ、おじざまぁぁ」


 二人の少女は頭を押し付け、その目を赤くして、愛する人物との再会に大粒の涙を流しながら叫んだ。


「ただいま、アルルゥ、カミュ……」


 ハクオロはそれまでやっていたように二人の頭を優しく撫でた。


「「うわえあぁぁぁん」」


 その仕草に懐かしい思い出を蘇らせたのか、二人は大声で泣き叫んだ。そしてその様子を見ていたエルルゥもいつの間にか涙を流して泣いていた。


 四人の周りには何事かと辺境の村の住人たちが知らず知らずに集まってきていた。











「ほう、あなたがあの誉れ高いハクオロ皇ですかい」


 村長(むらおさ)を務める老婆が感心するかのようにハクオロに言った。


「誉れ高いなど……自分はそんな立派な人間ではありませんよ。それに今は、(オウロ)でもありません」


 ハクオロはむずかゆそうに顔をしかめながら答えた。


あの後、一同は村人にハクオロを紹介するためにエルルゥたちの家に来ていた。今は村長、ハクオロ、エルルゥ、アルルゥ、カミュの五人で話し込んでいて、他の村人は興味津々といった感じで玄関や窓からその様子を伺っている。


「ほほほ、そう謙遜なさるな。あなたが皇となってから、うちの集落にも作物の育て方や土壌を豊かにする方法が伝わってきてな、今では豊作が当たり前になっとるよ」


 老婆は裏表なく感謝の言葉をハクオロに述べた。


「そう言って貰えるなら、私も皇に就いていた甲斐があるというものです」


 少し嬉しそうにハクオロは答えた。


「ふむ……」


 そういいながら老婆はエルルゥの方に視線を送る。


「な、なぁに? おばあちゃん」


 エルルゥは不思議そうに老婆に聞く。


「いやなに、エルルゥ様が時々上の空になって想っていた殿方なだけあるのうと思っただけじゃよ」


「お、おばあちゃん!?」


 エルルゥは突然自分のことを想い人の前で打ち明けられて、狼狽した。


「そ、そうなのかエルルゥ?」


「え? あ、その……は、はぃ」


 エルルゥは恥ずかしそうに目を床に落として、頬を赤く染めた。


「あ〜、そのエルルゥ」


「はい?」


「……ありがとう」


 暖かいハクオロの感謝の言葉にエルルゥは




 ――ボン!!


……沸騰した。








ツンツン……


「ん?」


 ハクオロは左腕を突っつかれたのでそちらを向くと、


「アルルゥ?」


 アルルゥが何かを訴えたそうに上目づかいで自分を見ていることにハクオロは気づいた。


「どうした? アルルゥ?」


「アルルゥも」


「ん?」


「アルルゥもおと〜さんのこと考えてた」


 アルルゥはエルルゥだけがハクオロのことを想ってたわけではないことを言いたかった。


「そうか、ありがとうな。アルルゥ」


 そう言ってハクオロはアルルゥの頭を丁寧に優しく撫でる。


「ん〜♪」


 久しぶりの父親のナデナデが気持ちいいようで、アルルゥはそのままハクオロのひざの上にうつ伏せに乗っかった。


「おいおい、アルルゥ」


 少し困ったように、でも口元が自然とほころぶハクオロだった。


「おじ様ぁ」


「ん? なんだいカミュ」


「カミュもおじ様のこと忘れない日なんてなかったよ」


 そう言って、カミュは少し潤んだ目でハクオロを見つめた。


「ありがとうカミュ。うれしいよ」


「えへへ」


 ハクオロがそう言うと、カミュはくすぐったそうにモジモジし始めた。






「……ハクオロさん」


 背筋がスゥッと涼しくなるような声でエルルゥがハクオロを呼んだ。


「ど、どうした? エルルゥ」


「むぅ〜」


 しかめっ面でエルルゥがハクオロを恨めしそうに睨む。


「エ、エルルゥさん?」


 ハクオロはその威圧感でつい敬語になってしまった。そしてエルルゥはそっぽを向いて


「もういいです!」


 と言った。


「ほんに仲が良いのう」


 一部始終を見ていた村長が感嘆するように言った。


「仲が良いことはええ事じゃ。ところでハクオロ殿」


 急に改まって村長は話をし始めた。


「お前さんはまた皇に戻る気はあるのかい?」


 突然の質問に場の空気が固まる。その質問はこの場にいる誰もが気になるところのものだった。


「…………」


 ハクオロは少し考えるように目を伏せた。


「ハクオロさん」

「おと〜さん」

「おじ様」


 三者三様の呼び声が室内を木霊する。そして、


「私は、もう皇ではありません。一人のハクオロという男です。國の方はベナウィという優秀な者もいますから大丈夫でしょう。それに」


「それに?」


「正直、(まつりごと)はもうコリゴリですよ」


 そういってハクオロは、はにかむように笑った。そして、周りにいた少女たちの顔にも安堵の色が現れていた。


「そうかい。それならええんじゃ。……どうじゃろう。ならばこの村の一員にならんかね?」


「え?」


 村長の急な申し出にハクオロは戸惑った。


「なに、気にすることはないんじゃよ」


 村長は淡々という。


「しかし、私は今日急に現れたばかりの男ですよ。他のみなさんは気にしないでしょうか?」


「それなら問題ない。おまえさんはなんたって……」


 そう言いながら村長はエルルゥを横目で見て、


「エルルゥ様の『いい人』じゃからな」


「もう、おばあちゃん!!」


 エルルゥは顔を真っ赤にしながら怒った。しかし、口元は見事な三日月を作っていた。またそう言われたハクオロも居心地悪そうに頬を掻いた。


「恥ずかしがることないじゃろう。むしろさっさと式をあげて夫婦(めおと)になりゃあいいのじゃよ。そしたらもうこの村の男になるさね」


「「め・お・と!!」」


 ハクオロとエルルゥが同時に取り乱す。


「ばあちゃん。『めおと』ってなに?」


 アルルゥが唐突に村長に尋ねた。


「『めおと』ってのは、ハクオロ殿がエルルゥ様のお婿さんになって、エルルゥ様がハクオロ殿のお嫁さんになって、ずっと一緒に同じ屋根の下に住むことじゃよ」


 村長はアルルゥに丁寧に説明した。そして、それを聞いたアルルゥが


「なる」


「「え?」」


「アルルゥもおと〜さんと『めおと』になる」


「ア、アルルゥ?」


 明らかに動揺したのはエルルゥだった。


「あ〜アルちゃんだけずる〜い。カミュもおじ様と『めおと』になるぅ」


「カ、カミュ?」


 突如勃発したハクオロ争奪戦に出馬したカミュに驚いたのはこの戦いの張本人であるハクオロだった。


「ちょっと、二人とも」


 堪りかねてエルルゥが二人にモノ言おうとした時、


「エルンガー」


「なっ!?」


 アルルゥが禁句であるそのあだ名を使い、そして、


「……年増」


 ――ピキッ


 どうやらその言葉がエルルゥの逆鱗に触れたようだ。プルプル震えながらエルルゥは立ち上がり、


「アールールゥー……って、待ちなさい!!」


 いち早く身の危険を感じたアルルゥは足早に逃げ出していた。


「あ〜アルちゃん待ってよ〜」


 とばっちりを食うと思ったカミュもアルルゥの後を追って逃げ出した。


「二人とも待ちなさーい!!」


 三人はそう言って家の外に消えていった。


「…………」


 一人だけこの場に残ったハクオロは、


(なんだかこういうやり取りを見ると帰ってきた実感が湧くのはなぜだろう……)


 一人で自問自答していた。


「おまえさんもこれから大変そうじゃのう」


 そんな言葉を陽気に言う村長。そして、


「はははは……はは…はぁ」


 っと乾いた笑いとため息をハクオロはしていた。








 こうして、村の一員となったハクオロは穏やかな日々が戻ってくる実感を感じながら今日も農作業を営むのであった。


 この後、待ちうけるもののことも知らずに……




あとがき
 「うたわれるもの」の良さは「キャラ」にあり。っと思う今日この頃、去年のテレビ放送からファンだった僕もようやくこの作品の二次創作が書けました。ゲームも法律に引っかかるだろう方法で友達から落としてもらい、なんとかやり終えました。今回の作品はゲームのエンディングの続きからとなっております。他のサイトさんでも多々あるこのエンディング直後のお話。できる限り僕のオリジナリティも交えることができたかと思います。キャラも原作を参考に書いたんで矛盾したキャラはいないことを信じます。この話のパロディバージョンはまぁ……そのうち…ね。それでは、ご意見などありましたらぜひメールくださいw それではこれにて失礼します。

2007年8月8日 行天大翔



この作品を読んで「うたわれるもの」がまた好きになったと思った方はひと押しお願いしますw





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