まもりつづけるもの




「ユズハ、来るのが遅くなってすまなかったな」



 ハクオロはトゥスクルを一望できる丘にある、花々に囲まれた綺麗に飾られた石の前に居る。



「思ったよりも仕事がはかどらなくてな。怒らないで……と言える立場では私はなかったな」



 ハクオロはユズハの墓の前でしゃがみ込んでまるで本人がそこに居るかのように話しかけていた。エルルゥ、アルルゥ、カミュ、カルラ、トウカ、ベナウィ、クロウはその後ろで静かにその様子を見守っていた。



「怒っているよな。必ず帰ると約束していたのに……私は、私は破ってしまった……」



 ハクオロは自分の不甲斐無さや嫌悪心で潰そうになりそうなのを必死に堪えて震えていた。



「すまない……すまない……」



 そしてハクオロはもうその言葉しか残っていないかのように何度も繰り返した。



「おと〜さん」



 いつの間にか、アルルゥがハクオロのすぐ後ろに立っていた。



「アルルゥ?」


「おと〜さん……ちがう」



 アルルゥは悲しそうそう言った。



「そうだよおじさま。……ユズっちは怒ってなんかいなかったよ」



 カミュがアルルゥの少し後ろに立ちそう言った。



「ユズっちは自分が生きた証ができてうれしかった。その証はきっとおじさまが帰って来て守ってくれるって言ってたんだよ」



 カミュはユズハが口にしたことが心に大切にしまってあるかのように言う。



「だからおじさま。……謝らないで」



 そう言ったカミュとアルルゥがハクオロはいつの間にか流れていた涙で歪んで見えた。



「そうか、……そうだな」



 そう呟いたハクオロは墓の方を振り向き、



「ありがとう。ありがとうな、ユズハ」



 優しく暖かい言葉をユズハに送った。











「貴様ら! そこで何をしている!!」



 しんみりとした優しい雰囲気を一瞬でかき消す怒声が森の中から放たれた。



「――ッ!!」



 カルラ・トウカ・ベナウィ・クロウは瞬時に反応し武器を構えたが、その足元に一本の弓が降り注いだ。威嚇を意味する一矢である。



 そして声の人物は森の中から姿を現した。黒い外套に身を包んだ男であった。その姿を見た一同は構えた武器をおさめ、代表するかのようにベナウィがその人物の名を呼んだ。



「お久しぶりですね。オボロ」



 その声を聞き外套の男、オボロは顔を隠していた布を取った。



「ああ、お前らか。すまなかったいきなり威嚇して」



オボロはそう言うと同時にある人物が彼の視界に入った。仮面は付けていなかったが、長い間その人物に仕えていたオボロは一目でそれが誰なのか判断できた。



「あ、兄者……なのか?」



 そう呼ばれたハクオロはベナウィたちの間を抜けてオボロと対峙するように向かい立った。



「ああ、久しぶりだな。オボロ」



「…………」



 ハクオロがそう言うと、オボロは押し黙った。



「「…………」」



 辺りに僅かに緊張が走った。オボロの眼前にあり、ハクオロたちの後ろにある墓、オボロにとって最も愛おしい存在だった妹の墓、彼が仕えた義兄(あに)と最愛の妹はお互いを愛し子供を授かった。あの時妹は自分の生きた「証」と言って子の誕生を喜んだ。同時に自分の命が縮まったことも理解して。必ず帰ると約束した義兄は妹の死に際に間に合わなかった。けれど妹はそんな義兄を責めず、ただ信用し、証を託してこの世を去った。



 オボロの心情はその場にいた誰もが感じることができただろう。約束を果たせなかった義兄、けれどそれを最期まで愛した妹、そして帰ってきた自分の主、それに対する怒りと愛情とうれしさが入り混じり、オボロは無言で立ち、体を震えさせていた。そして――



「あにじゃああー!!」



 そう叫んでオボロはハクオロを全力で殴った。


 
 ハクオロはおもいっきり仰向けに倒れた。痛みを堪えてなんとか顔をあげてオボロを見た。その顔は



「お帰り!!」



 こぼれるぐらいの笑顔に満ちていた。



 ハクオロはきょとんとしたが、段々と体の中から込み上げてくるものが止められなかった。



「はは、……ははははは!」



 何かが吹っ切れたように豪快にハクオロは笑った。



「はははははは!」



 オボロもつられるように雄々しく笑った。


 
 その様子に場の緊張はほぐれて、いつしか全員の顔に安堵の色が浮かんでいた。





「「若様ぁー!」」



 ドリィとグラァが森の中から姿を現した。グラァの肩から掛けてある布に大事そうに包まれた証と共に――






つづく




あとがき
 こんにちはw 行天です。
 今回は少し短めのストーリーですが、アフターストーリーの中では結構重要な部分だと私は思います。あれだけ妹を想っていたオボロがそう簡単に吹っ切れるでしょうか? 私はそうは思いませんでした。オボロが自暴自棄にならなかったのはやはりそのハクオロとユズハの子という新たな生き甲斐を見つけたからだと思います。しかしそれでも自分の不甲斐無さに苦しむ毎日でしょう。そこにハクオロが帰ってきたらどうでしょうか。怒りや自己嫌悪心が沸々と沸き立つと私は思うのです。そしたらどうやったら両者がぎこちない関係を引きずらないで済むでしょうか? 私は「一発ぶん殴る」を選択しました。男同士の友情は簡単なものです。ぶん殴ればいいのです。口でつべこべ言ってぎくしゃくするよりも一発ぶん殴ってスカッとすれば解決するのではないでしょうか。思い悩んだり間違ったりしたときぶん殴って目を覚まさせてくれるようなそんな友人が欲しかったという作者自身の思い入れもありますが、きっとそれが最良の選択だと私は思いました。
 さてさて話変わって、ドリィとグラァが出て来るの遅くないか?と感じた方、それは赤ちゃんを抱いていたから早く走れなかったことにして置いてください。パロディがこの作品で作れるのか?と感じた方、作者は病弱少女のハッピーエンド&ライフは大好きですw まぁつまりそう言うことです。
 
2007年9月23日 行天大翔




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