つれもどすもの(ノーマル版)
「…………その話は本当ですか?」
「ええ、どうも今回のは眉唾……ってわけじゃなさそうですぜ」
トゥスクルの宮殿のある一室で二人の男が話し込んでいた。
「この前のような偽の情報ではないのですね」
「ええ、今回のは場所がヤマユラって言うのが引っ掛かりやすね。姉さんがいるところに総大将のほら話が流れるとは思えませんからね」
「……確かめる必要がありそうですね。クロウ、速急にウォプタルの準備を」
「ウィッス」
ハクオロが眠りに就いてから二年あまり、「トゥスクル皇の失踪」、「仮面皇の蒸発」などという言葉は早いうちに広く全國に広まった。その間、侍大将であるベナウィとその腹心の部下であるクロウは國の政務を分担して行い、なんとか納めてきた。しかし、一年ほど前からトゥスクル皇、つまりハクオロを見かけた訪れたなどの噂話が流れ始めた。
ベナウィたちはその噂話が立ったところを
そして、ベナウィたちがいい加減、胡散臭い情報に嘆息をもらしたとき、この情報が耳に入ってきた。しかも今回のはあの出来事の関係者のが住む集落である。本人である可能性は否定できない。噂をすれば影がさすとうまく言ったものであろう。
「ここですか……」
ベナウィたちがヤマユラの集落に着いたのは、日が西に傾き茜色の空になった時だった。
「そうっすね。俺が来た時は荒れ果てた状態でしたが、場所は間違いありやせん」
「………………」
「大将。 行かないんですかい?」
ベナウィはすぐには行動せずに何かを考えるように立ち止っていた。
「いや、まずは身を隠しながら聖上を探すのがいいでしょう」
「そりゃまたどうしてです?」
急なベナウィの提案にクロウは頭を傾げた。
「クロウ。我々は今何をしていますか?」
「そりゃあ、総大将を迎えにですけど……?」
ますます、わからないといった様子のクロウをよそにベナウィは続ける。
「そうです。聖上を迎えに来ました。そして、それは同じく何を意味しますか?」
「……ヤマユラを離れて、一國の
クロウは途中でベナウィが何を言いたいのか理解した。
「そう。また政務についていただいてこのトゥスクルを治めてもらいます」
「つまり、このまま総大将にお会いしても断られるだけってことですかね」
二人はハクオロが皇だったとき、しょっちゅう政務から逃げ出していたことを思い出していた。
「ええ。ここはまず、様子見ということで我々以外で試してみましょう」
「なるほど。……おいっ!」
クロウは共に連れてきた部下の三人のうちの一人を呼んだ。
「はっ!」
「おめぇに頼みたいことがある」
「は?」
「それはなぁ……」
そう言ってクロウは事の詳細を部下に伝え始めた。
「ふう、もう少しやったら終わりにしようか」
ハクオロは最近収穫し終えたモロロの畑に再び苗を植えるために畑を耕していた。
「この前のモロロは格段にうまかったからなぁ。今度のもこうあるといいのだが」
そんなすっかり農村じみた考えをしていたら、後ろから誰かが話しかけてきた。
「すみません。あなたがハクオロ様ですか?」
話掛けてきた男はトゥスクル正規軍の兵装をしていた。
「ああ、確かに私がハクオロだが」
少し思い当たることがあるハクオロは兵士に返事をした。
「私はベナウィ様の使いで参上いたしました」
「ベナウィの?………ベナウィは来ていないのか?」
「は、はい。ベナウィ様は現在他国との会談のため宮を離れることができず、私がその代わりで言付けを預かってまいりました」
「そうか……。それで要件とは」
ハクオロはベナウィが自分の代わりに政務を忙しげに行っているところを想像して少し心を痛めたが、大方の要件は理解できた。つまり、
「はっ、聖上にお戻りになってほしいとだけおしゃっていました」
そういうことだ。また自分に皇として國を治めてもらいたいと考えたのだろう。しかし、自分にはようやく手に入れた平穏がここにある。
「そうか……。すまない、ベナウィにこう伝えてくれ。『私はもう皇でもなく、ただの男だ』と」
「……はい。確かにお伝えします」
「ああ、頼む」
「それでは私はこれで失礼します」
「ああ、よろしく伝えておいてくれ」
そして、兵士はその場から去って行った。
(苦労をかけるベナウィ……)
ハクオロはただそう心の中で思った。
「…………で、報告は以上です」
「やはり、そうおっしゃいましたか」
ベナウィは帰ってきた部下の報告を聞きそう言った。
「どうしやす大将?」
「…………できれば穏便に済ませたかったのですが、仕方ありません。今から言う通りに動いてください」
「ウィッス」
そう言ってベナウィは作戦の概要を説明した。そして、その内容を聞いたクロウは、
「ホントにそんな手に引っ掛かりますかねぇ」
と少し不安げだった。
「よし、こんなものかな」
ハクオロが作業を終えた頃には辺りは日が沈み、薄暗くなっていた。
「そろそろ、夕飯も出来ているだろうし戻るか」
そう思ったハクオロが家に帰ろうとすると、向こうの方から外套を着た男が近づいてきた。
(この季節に外套? ……あやしいな)
そうハクオロが考えていると、男はハクオロの傍まで来た。
「すみませんが、この村の外れでもいいんで場所を貸して頂きたいのですが、長様はどちらにいらっしゃいますか?」
男は要件を淡々とハクオロに述べた。
「その前に、この村では何の用でお越しになられた?」
「ええ、この先で大きな戦があると聞きまして、雇って頂こうと思い向かっているその途中にこの村があったので、できることなら私共も安全なところで夜を過ごしたいのです」
「……傭兵か」
「ええ」
ハクオロはこのあやしい男を村に案内するか迷った。もちろん独断で決められることではないので村長の意見は行こうとは思ったが、その前に自分で確認する方がいいだろうと考えた。
「…………念のため荷物を見せていただきたいのですが」
「ええ、そのくらいかまいませんよ。あちらにある荷台がそうです」
男がやけにあっさりしていることに少し疑問をハクオロは持ったが、確認すればそれだけのこと、武器があるなら預らせてもらい、危険なものがあるなら断るだけとハクオロは考えていた。
そしてその荷台にハクオロは近づき、
「これですね」
「はい」
そして荷台の幕をめくって中を覗く。荷台の中は思っていたよりあっさりしていて、何個かの武器があっただけだった。
武器を預からさせてもらおうとハクオロが幕から頭を出したその瞬間、目の前が急に暗くなり、ハクオロはそのまま闇の中に入って行った。
「………うまくいきやしたね」
「ええ。聖上の用心深さを逆に利用させていただきました」
「大将もえげつねぇや」
「さあ、それでは行きますよ」
「ウィッス」
見事にハクオロを捕獲した二人は足早に出発の準備をしていた。
「うっ……ここは…?」
ハクオロが目を覚ました時、懐かしい壁木の香りと見慣れた部屋の中だった。
「ここは…………禁裏…か?」
自分が皇として國を治めていた時に使っていた皇の部屋、禁裏に横たわっていることにハクオロは気がついた。
ぼんやりしている頭で部屋を見回していると、足音が近づいてくることがわかる。
「お目覚めになられましたか」
「……ベナウィ!」
久しぶりに顔を見たその男は相変わらず澄ました顔をしていた。
「これはどういうことだ! ベナウィ!」
「……聖上がお戻りにならないとおっしゃったので少々手荒なまねをさせていただきました。申し訳ありません」
「そうか、昨日の外套の男はお前だったのだな」
「はい」
「その前に来たあの兵士もお前の差し金か……」
「はい」
ベナウィは淡々とハクオロに答えていく。
「…………まったく、やり方と言うのがあるだろう」
そんなベナウィの様子にハクオロはため息ついた。
「申し訳ありません。しかし、事を急ぐ必要がありました」
「……なぜだ?」
ハクオロがそう言うとベナウィがおもむろに話し始めた。
「現在先のような大戦はないものの、各國間での小競り合いは以前より多く見られます。クンネカムンの進行により、統率力を失った國は多々あり、内争や國境付近の争いが後を絶たない状態になっています。……それは我が國も例外ではありません。そのため、大国としてのトゥスクルに皇が不在の状態は國そのものの統治に関係してきます。この二年間にも進軍してきた國は多々ありました。それらはナ・トゥンクとの同盟関係によって鎮圧させることができましたが、あまりいい状況とは言えません。そこで、聖上には速急に國に戻り、皇の座をおさめてもらう必要がありました」
ベナウィが一通り言い終えたを聞いてハクオロは少し疲れ気味に答えた。
「大体の状況はわかった。しかし、皇の座はお前がついてもよかったのではないか?」
「いえ、私はケナシコウルペが滅びたあの日、この命を聖上と共に付き従うことを心に決めました。なので私が皇の座につくことはあり得ません」
「…………はぁ」
頭が堅いのも変わっていないらしい。どうやら何を言っても駄目そうである。
「わかった……私も腹をきめよう」
「ありがとうございます聖上」
「しかし、……いくらなんでも急ぎ過ぎのような気もするがな」
「いえ、急ぎ過ぎるくらいで丁度よいのです」
「……どういうことだ?」
ハクオロはベナウィの返答が気になり訳を聞いてみた。
「かつての戦力や統率力が失われているのはトゥスクルも例外ではありません。それを取り戻すには聖上の御帰還がどうしても必要になりました。先の戦乱の
「そういうことか……」
ベナウィの緻密な計算の手中に自分がいることを感じ、やはりベナウィが皇になった方が良いのではないかと思わずにはいられないハクオロだった。
「それに加えて、ご皇女がお帰りになることで、國の安泰を各国に伝えることもあります」
「皇女? それはアルルゥのことか?」
「いえ、…………聖上はエルルゥ様からなにも聞かされておられないのですか?」
「なに? それはどういうことだ?」
「……実は…………」
事情が理解できていないハクオロにベナウィは説明をし始めた。
「そうか……ユズハの………」
ベナウィから事情を聞いたハクオロは、やるせない表情を顔に浮かべていた。
「もう少し私が早く目覚めていれば…………」
ハクオロはエルルゥとアルルゥが時折見せた何か言いたさげな行動の理由がわかった。後悔は先に立たない、その言葉がやけにハクオロの胸を締め付ける。
「…………」
ベナウィはそんなハクオロから少し目を落として黙っていた。
「その私とユズハの子は、今オボロが連れ歩いているのだな」
「はい。世界を見せてあげたいとおっしゃっていました」
「そうか……」
ハクオロは自分が愛した人との子を見たいと思ったが、その我が儘が言うことは自分にはできないことをわかっていた。
「しかし、いずれ皆様が城に集まってくるのですぐにお会いできますよ」
ベナウィはそんなハクオロの様子を察してか、そんな言葉をかけた。
「ん? なぜだ?」
「聖上がお帰りになってすぐ、各国に聖上の御帰還を通達しましたので、その話を聞けばすぐにでも集まってくるでしょう」
「っな!?」
ハクオロはベナウィの手回しの速さに驚いた。
「…………やはりお前が皇をやるべきではないのか?」
「いえ、お断りいたします」
スパッと切るようにベナウィは断った。加えて、ベナウィはこう言った。
「それに聖上は十分お休みになられたでしょう」
「……うっ」
刺のあるベナウィの言葉がハクオロに刺さる。
「しかし、お目覚めになられたばかりでまだ疲れておいででしょう。今日の政務は……」
「なしか?」
ハクオロは少年ような瞳の輝きを放つ。しかし、
「いえ、午後からと言うことで」
「……そこは、『ない』と言うところではないのか」
「ありえません。ただでさえ、聖上をお迎えに行って書簡が溜まっているというのに休むことなど、本当は今からでも始めて頂きたいのですが……」
またもやベナウィはバサッとハクオロの願いを切った。
「………鬼」
「なんとでも」
そんなやり取りをしていると、
ドバアアアァァン
と落雷のような音が二人の耳に入った。そして、
「ハクオロさんはどこですかあぁ!! 言いなさい!! ハクオロさああぁん!!」
「おと〜さぁん!! ムックルあっちも!!」
「アオオォォォン!」
「おじさまぁぁ〜どこぉ〜?」
三人と一匹が城内を暴れ回っていた。
「落ち着いてくだせぇ! 姉さん!! 総大将〜! 姉さんたちを止めてくだせぇ〜」
ついでにクロウの声も聞こえてきた。
「……………………………」
「……どうやら一番はあの方たちのようですね。今さっき伝令を向かわせたばかりですのにお早い」
ベナウィがそう言うとハクオロは明白に疲れの色を出し、
「…………はぁ(安息が欲しい……)」
と心の中で呟いた。
その後、ハクオロがエルルゥたちを止めて、何とか場を収拾したものの、ハクオロが皇になることを拒んだエルルゥとアルルゥが再び暴れ始めて、その日はまるまる二人の説得に時間を使い、政務を行えず、寝る前にベナウィがハクオロの所に来て、
「明日から忙しくなりますため、今日はごゆるりとお休みください」
と言ったことが、どうにもハクオロには皮肉とした聞こえず、それを聞いたハクオロは文官の育成を第一に進めること自分に言い聞かせた。
つづく
あとがき
うたわれるもの二次創作第二弾、「つれもどすもの」であります。今回はベナウィとクロウが登場してきましたが、これを書くにあたって苦労した所は、クロウのしゃべり口調が難しかった所・クロウと変換しようとすると必ず「苦労」とでる所でした。本当にクロウには苦労させられましたw ……え? ベナウィはどうかって? まあ中の人と同じであまり登場させたくはなかったのですが、ほとんど今回の話はオンリーで進めていますねw 最初の方はそれを意識した傾向があって、クロウのセリフの方が愛情がこもっていると思うのですが、まあ読みなおしてもらえればありがたいですw そんな感じでこの作品を書き上げました。パロディ版とノーマル版の続編のどちらが早く書き上がるかはわかりませんが、頑張って書こうと思いますw
2007年8月17日 行天大翔
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