チャンバラ・エイジ



「めぇえええん!」
 荒々しい掛け声と共に風を切るような素早い右手の太刀が降りかかる。
「ぐっ!」
 引き足が間に合わない。受け手の少年は降りかかる太刀を辛うじて自分の得物で受け止めた。
「どぉおおお!」
 ここぞとばかりに攻め手の少年が、腹に巻くように構えていた左手の太刀で、体勢を崩した少年の空(あ)いた胴に切り込んだ。
「一本! それまで!」
 主審の掛け声が会場に響き渡った瞬間、会場が黄色い歓声で沸いた。

「第二十五回、スポーツチャンバラ埼玉県少年少女選手権大会、二刀の部、優勝、佐崎コジロウ」
「はい!」
 アナウンスに答えるように、表彰台の真ん中でスラっと上に伸びた長身の少年が大きく凛々しい声で返事をする。佐崎コジロウと呼ばれた少年は大会役員長から受け渡されるトロフィーを、少し色を付けてほほ笑んで受け取った。
(くそっ! また負けた!)
 その隣で唇を噛み締めながら、皆本ムサシは感情を隠せないでいた。

 大会が終わり、会場も選手や保護者兼観客の帰り仕度でざわめいている。大会で成績が残せて太陽のように明るいのもいれば、その逆もしかり、というよりは圧倒的に逆の方が多い。大会役員も役員同士で第三者からは上っ面で会話しているようにしか見えない交流を深めているようだ。
 その中で、人混みをまるでゴミをどかすようにドカドカ進む少年がいた。ムサシである。背丈はそれほど高くはないが、がっしりとした肩幅と分厚い胸囲が足りない背丈を補っているように見える。ふと、探し物を見つけたかのようにさらに勢いを増して足の回転を速める。
「おい! コジロウ!」
 自分の名前を呼ばれた少年が振り返る。
「やあムサシじゃないか。ごめんね。こいつと話があるからまた今度ね」
 エーっと、コジロウの周りにたかっていた少女たちが非難の声を上げるが、
「たのむよ。ねっ」
 と甘い声でお願いすると、渋々ながらもそれで満足したのか、少女たちは解散していく。それを見届けて、
「で、俺に八年連続で決勝戦負けしている負けバクテリアのムサシ君が何の御用で」
 とコジロウは嫌味全開、お中元のハムを手渡しするかのように売り言葉を渡す。
「八年連続は余計だ! というか負けバクテリアって何だ! 俺は新種の微生物かっての。ていうかお前女子の前で性格変わりすぎ!」
 ムサシはそれを二倍の値段を払うかのように買い取る。
「で、何?」
 特に気にした様子もなく、あっさり聞き返すコジロウ。
「来年だ! 来年こそ俺が勝つ!」
 これは宣戦布告だからな!と、ムサシは言外に付け加える。
「またそれかよ……」
 少し疲れた感じでコジロウが答える。
「当たり前だ! 勝つまで何回でも言ってやる!」
 まるでコジロウの心情を無視するかのようにムサシは言い放つ。
「ああ〜。でもそれ、もう無理だから、俺引っ越すんだ」
 コジロウは、(ムサシにとって)重要なことさらっと言う。
「なんですとぉぉ!」
 ムサシはムサシで、ムンクさんの口元そっくりの形を作り、狂声を上げる。
「どど、どこに引っ越すんだよ!」
「神奈川だよ。別にそう遠くもないけど、埼玉での試合は今日が最後だよ」
 別にお前には関係ない、と言うかのように淡白に話しを進める。
「俺との再戦は?」
「だからぁ、無理」
「勝ち逃げなんてズルイだろ!」
「それは、お前が弱いのがいけない」
「なにおう!」
「もう用がないなら帰るぜ」
「あ、いや、ちょっと待てって」
 ムサシは何とかコジロウとの再戦をしようと、誘拐事件の犯人からの電話を引き延ばすかのように話を繋げようとする。焦りの色を隠せないとは、このことを言うのだろう。
「何だよ。もういいだろ。これで終わり!」
 コジロウは不満を顔全体に張り巡らす。
 やばい、どうする俺、とムサシは頭上にライフカードを浮かばせる。三枚のカードには全て「再戦」の二文字。悲しいかな、この発想の乏しさ。
「そんじゃ」
 コジロウはそんなムサシを置いて歩き出す。
 そこで、はっとムサシは思いつく。
「全国だ!」
 突拍子もなくムサシが叫ぶ。
 はぁ?と、コジロウが振り返る。
「全国大会だよ。ぜ・ん・こ・く。そこで勝負だ」
「あぁ全国ね。来年は俺も出るし、それでいいや。そんじゃ」
 コジロウがゆっくりと踵(きびす)を返し、歩き出す。
「約束だかんな! 忘れんなよ!」
 ムサシの言葉に、はいはい、と面倒くさそうに返事して、右手を頭の上で二・三回振った。
(ぜってぇ負けねえぞ!)
 無駄に熱いムサシのやる気が三割増しになって、もうほとんど人がいない会場でぽつんと燃えていた。


 燦々と燃える太陽、木々は青々と茂り、遠くの方を見ると熱気のせいか歪んで見える。風があまり吹かず、開場を待つ選手や保護者兼観客たちは、「温暖化は着実と進んでいますよ」と半ば開き直りに近い感覚を、「夏、東京、熱中症、毎年二十人位があっちの世に逝ってるぜ!」というキャッチコピーで味わっている。
 そんな中、ただでさえ人類皆々様が暑さで悶々としているのに、その暑さを五割増しにしている大変迷惑極まりない奴がいた。
 目に映る火の粉は烈火の如く、背の方に映る景色には、ゴルゴやらレッドが名前に付くお笑い芸人のコンビ芸では表せないほどの炎、いや業火を荒々しく燃えたぎらせている。
 皆本ムサシは燃えていた。一年前とは比べものにならないくらいに燃えていた。
(ついに……ついに! きたぜ! 全国!)
 ムサシはこぶしを握り締めて一人で盛り上がる。どこまでも熱い男だ。
(この一年間、特訓の日々……苦労したぜ)
 大抵こういうセリフは、言葉ばかりの方便がほとんどだが、ムサシの場合は本当なのだ。スポーツチャンバラの全国大会は誰でも出場できる。しかし、大会で勝ち残るにはトップクラスの実力が必要になる。
 ムサシは一年間で何をするべきか分かっていた。自分は理屈では何も身に付かなることができない。だからこそ、試合が死合に変わるくらい実戦経験による修練を丹念に行ってきた。県内だけでなく、足繁く県外の道場や練習会に参加しては道場破りみたいなことをしてきた。年間にして五百勝をあげる練習試合をこなした。
(今年こそ勝つぜ! コジロウ!)

 午前八時、前方の列が動き出した。ようやく開場を始めたようだ。正面入口が二階にあるため、我先にと長蛇の列がそれほど広くもない階段を、ぎゅうぎゅうになって進む。しかし、ムサシは先ほどのやる気とは裏腹に、列を外れて脇に落ち着いている。
「開場したばっかりって蒸して熱いんだよなあ」と呟く。
 開場したばかりの会場は蒸していて熱い、応援しにきた保護者の方々がまるで築地の競売のように騒いで応援席の確保をするため、一層室内の温度が上がる。大抵、早いうちに入った人たちが換気するために窓を開け、自分たちの近くが涼しくなるようにする。だいたい三・四十分もすれば、蒸れもなくなり風通りも良くなる。
 しばらくして、長蛇の列も少しずつまばらになってくる。「そろそろか!」とムサシは立ち上がり階段の方に向かう。会場が人の声であふれているのが聞こえる。
「くぅ〜燃えてきたぁ」
 再び燃えると書いて、再燃、ムサシはやる気を再び起こして階段を上がる。その時、ブオッとつむじ風が吹いた。
「きゃっ」
 その声にピクッとムサシは反応してしまい、顔を上に向ける。
 そこには、ネコかいや以外に凶暴そうな顔だったのでトラだったのかもしれない柄のユートピア(思春期男子限定)があった。そう、とあるアニメの豚が大好きなパンティーがそこにあった。
 ムサシはつい、という風に装いつつ、ちゃんと邪(よこし)まな目でしっかりとその動物柄の下着を凝視してしまった。
「てめぇぇぇ!」
 と威勢の良い声と共にムサシの前にエナメル質の飛来物が降ってくる。
グシャ……
 そんな音を立てて、ムサシは顔面でその飛来物を受け止める。
「いってぇぇぇ――――」
 中に固いものが入っていたのか、鼻を真っ赤にして、ムサシはその場で悶えた。
 そして、ドタドタと飛来物を飛来させた人物が階段を下りてくる。
「何しやがる!」
 武蔵が非難の声を上げる。しかし、
「てめぇ今、朱里の覗いただろ!」
 ムサシは声の主を見上げる。
 そこには、透き通るようなブロンズヘアーが肩にかかって、二重のぱっちりと開いた二つの宝石をその細く整った顔にちりばめ、堀が深い顔立ちなのに幼さを備え持つ、美しい少女が仁王立ちしていた。ジーパンにロゴの入ったTシャツというラフな格好だが、細くしまった四肢に女性らしい膨らみがあり、見る者を引き付ける魅力がそこにはあった。
 ムサシは一瞬見とれてしまった。
 しかしその少女は、容赦なくムサシの顔面に向かって蹴りを繰り出す。
 ムサシは少し反応に遅れたが、鼻先でその蹴りをかわした。
「――っ! やめろ! 危ないだろ!」
「うるせぇ! この痴漢野郎!」
 その容姿に似合わないセリフを発する。
「待ってハイケ! その人は悪くないよ」
 ハイケと呼ばれた暴力少女の後ろから声が掛けられる。
「今、風吹いたでしょ。そのせいなの。そうですよね?」
 艶のかかった黒い髪の少女がムサシに同意を求める。ムサシはブンブンと首を縦に振る。
「いいや、朱里、男ってのはみんな変態って決まってんだ」
 随分な物言いである。朱里と呼ばれた少女は少したじろぐが、しっかりとした言葉で、
「でも、この後、しし試合があるんだから怪我でもしたらどうするの!」と言った。
「うっ……むぅ」
 少しだけハイケと呼ばれた少女の動きが止まる。
 ムサシは、面倒に巻き込まれたくないと思い、チャンス! とばかりに一気に階段を駆け上がる。
「ごめん! でも俺見てないから!」
 と自分を保護する言葉もしっかり添える。
 後ろの方で、「あっ! 待ちやがれ!」という声も聞こえたが、無視して会場の中に入った。

 会場の中は選手で埋め尽くされていた。まだ少し蒸し蒸しするが、それほど騒ぐほどではない。ムサシは端の方でさっさと道着に着替えて、トーナメント表を見に行く。
 トーナメント表は試合会場の中央にある本部席の隣にあった。小太刀、長刀、二刀、棒・杖の四つの部で、個人戦は分けられている。
 ムサシは二刀の部のトーナメント表を見るために、そこに群がる人たちを払って前に出る。
「えっと、皆本、皆本っと……おっ、あった。第八試合目か」
 自分の名前を見つけたムサシは、対戦相手の名前をちらっと見ただけで、急いで自分の宿敵の名前を探す。
「佐崎、佐崎、佐崎、佐崎佐崎佐崎佐崎……って、あれ? あいつの名前がない?」
 二刀の部のトーナメント表に佐崎コジロウの名前がなかった。「もう一度」とムサシは探すが、見つからない。
「なんでないんだ?」
 不思議に思ったムサシは、本部席の選手登録受付の役員のところに行き、「佐崎コジロウって登録されてますか」と尋ねた。
「はいはい、佐崎コジロウ君っと………………これかな? えっと、この子は棒・杖の部に出場してますよ」
「へっ?」
 つい間抜けな声をムサシは出してしまった。「そんなはずは」と呟いて、その場で振り返り、会場の中を走りだす。
「何考えてんだ。あいつ」
 ムサシはコジロウを探すために会場内を走り回る。「なぜ!」とか「あの野郎」とかという憤りを抑えながらも、ひたすら探し回る。
 試合会場、応援席、正面玄関、自販と建物内を探しまわる。そしてトイレ前のソファが並ぶ休憩所のところで、走るムサシの横を坊主頭の男子が通り抜ける。
 一瞬分らなかったが、顔に見覚えがあった。
「おい!」
 振り返りながらムサシが呼び止める。ん? という声でその人物は振り返った。
「コジロウ!」
 ムサシは佐崎コジロウに向かって歩み詰める。
「おぉ、ムサシじゃん」
 軽いノリでコジロウはムサシに答える。
 その言葉にムサシは胸にためていたものを吐き出した。
「お前どういうつもりだよ! 棒の部ってどういうつもりなんだよ! 全国でまた試合するって約束しただろうが! なんで二刀の部に登録してねえんだ!」
 ムサシは激しくコジロウを責め立てた。この一年間にためた宿敵への思い、この日をどれだけ待ち望んだことかということを伝えるかのように。
「別に約束を忘れたわけじゃない。本当に悪いと思ってる。すまん」
 コジロウがムサシをからかわずに素直に謝る。今までに一度もないことだった。
「じゃなんでだよ。お前棒なんかやったことなかったろ!」
 ムサシはだからこそ余計に問い詰めたくなった。
「勝てなかったんだ……」
 コジロウは少し沈んで話す。
「はぁ!」
「勝てなかったんだよ。高校、スポーツチャンバラ部がある所に入ったんだ。そこで俺は二刀ではどの先輩にも負けなかった。正直こんなものかなんて思ってた。そんな時だよ。調子に乗って獲物自由で試合したんだ。どうなったと思う? 俺の二本負け……しかも相手は先輩だけど高校からはじめて一年しか経験のない奴だぜ。マジであの時はへこんだよ。何回やっても勝てなかった。八年も経験のある俺が獲物が違うだけで、惨敗だぜ。お前も聞いたことあんだろ? 自分より長い獲物を使う相手と勝負する時は、相手より段位が三つ上じゃないと勝てないとか。だから、俺は、棒に転向した。二刀とは感覚が全然違って最初は苦労したけどよ。何回と、何十と、何百と、何千と試合してようやく全国(ここ)で通用するぐらいになった。ムサシ俺は一番になりたいんじゃないんだ。最も強い――最強になりたいんだよ」
 コジロウもたまっていたものがあったのか、自分のこの一年間をただ、素直に、ムサシに伝えた。
 ムサシもそんなコジロウの気持ちを理解はできた。しかし、納得がいかなかった。
「お前、二刀じゃ最強にはなれないってことかよ」
「そうだ」
「ただ、長い得物の方が有利っていう理由だけで二刀をやめたのか」
「否定はしない」
「ふざけんな! なにが二刀じゃ勝てないだ! てめぇができないなら俺が証明してやる。二刀が最強ってことを!」
「どうやって証明するんだよ。部が違うんだ。証明はできないだろう。俺はこの大会でどれだけ自分の腕が上達したか試しに来たんだ。お前とは試合はできないんだぞ」
 コジロウはあくまでも冷静に一つ一つ言葉にする。
「だからこの話は終わりだ」
 コジロウは淡白にそう言って試合会場に戻って行った。

 ちくしょう……、ムサシは握りしめたこぶしで軽く叩く。「コジロウに勝つ」という単純な目的だったからこそ、目的が消化もしないで終わると、実に弱弱しくへこむしかなかった。
「まもなく、開会式が始まります……選手の皆さんは試合会場にお集まりください……」
 アナウンスが流れた。ムサシはゆっくりと会場に向かう。その重い足取りで――


 開会式が終わり、さほど時間を空けずに第一試合目が始まった。会場は熱気に包まれ、応援席からは熱い声援が掛けられている。
 スポーツチャンバラは協会指定の「エアーソフト剣」と専用の「面」をつけていれば、服装は自由という方針で行っている。だから、試合をしている選手たちを見ると、体育で着るような短パンとTシャツもいれば、スパッツに道着という組み合わせも見られるが、道着姿一番多い。試合のルールとしては、主審が一人、副審が二人、検査役が一人で判定が行われて、主審と副審の多数決で判定される。検査役は判定に不服がある場合に選手が申し立てをする時や判定の有無を主審が判断する場合に、参考意見を述べるために設けられている。制限時間は三分間で、ベスト8までは一本勝負で、それ以降は三本勝負で行われる。試合を円滑に進めるための措置だ。

「一本! 面あり!」
 主審が大きく叫ぶ。どうやらどこかのコートで勝負がついたらしい。
 ムサシも自分の試合のために、防具と剣の準備をする。しかし、その様子は重く暗い。
(はぁ。なんかやるきしねぇなぁ)
 完璧にへこんでいた。この上なくへこんでいた。熱く燃える男ムサシはどこへやらって感じなくらいへこんでいた。試合会場の片隅、ムサシはただ座って自分の試合が来るのを待っていた。

二十分後……

「お互いに……礼! …………はじめぇ!」
 ムサシの試合が始まる。相手は開始早々右太刀を振りおろしてくる。すぅっとムサシがそれをかわし、空いた面にすかさず打ち込む。
「めぇん」
 人並みの掛け声と共に打ち込んだ面は
「一本! 面あり!」
 あっという間の勝利となった。この一年間の修練のおかげだろう、その体さばきはすでに、同年代をも圧倒する力となって身についていた。
(つまんねぇの)
 ただ、ムサシは自分より格下の相手にそんな感想しか抱けなくなっていた。

 その後の試合も、悪戦苦闘なんて言葉、誰がつくったんだよ的な感じで勝ち進み、気づいた時には時間は午後三時半、二刀の部決勝戦まで来ていた。

 決勝戦は各部の試合を一つずつ行うため、ムサシは他の部の決勝出場者が決まるのを待っていた。なかなか他の部が終わらないので、ムサシは暇をつぶすため決勝の対戦者を見にトーナメント表を見に行く。
(決勝の相手は……)
 そう思いながら自分とは反対側のトーナメントの線を辿る。
(あった……獅戸ハイケ? ハーフか? あれ? そういえばハイケってどこかで……)
 そんなことを思っていると、
「あっ! お前さっきの変態野郎!」
 こんな公の場でなんてことを言う奴だろうとムサシが振り返る。
「あっ、さっきの暴力女」
「んだとう! てめぇ!」
 目に業火をたぎらせて、女性にしては随分と激しい物言いの少女がいた。
「どうかしたのハイケ? あっさっきの!」
 と後ろから美しい日本美人が……って、ハイケ? はっ!
「お前か決勝の相手は……」
 とムサシが口を漏らすと
「決勝の相手って……え! じゃあお前が皆本ムサシなの!」
 こくりとムサシは首を縦に振る。いちいちやかましい女だなぁとムサシは思いながら、決勝相手が女かぁと女性議員にこっぴどく怒られそうなことをさらっと思うのだった。
「わああ。じゃあこの人がハイケの決勝戦の相手なんだぁ。運命の再会だね。ハイケ」
「やめてよ朱里。こんな奴が運命の相手だなんて、頼まれたって願い下げよ!」
 随分なことを言う。ムサシも心の中で「こっちも願い下げだよ」と思った。
「こんにちは。あたし黒宝院(こくほういん)朱里(しゅり)。よろしくね」
「ああ」
 実に朗らかに笑う少女がそこにいた。
「朱里! そんなふぬけた顔の奴に自己紹介する必要ないよ。私が勝つに決まってる。行こう!」
 そんな暴言を吐いて、獅戸ハイケは行ってしまった。ムサシは「俺、今、そんな顔してんだ」と言って、静かに自分の顔を右手で触れた。

「これより二刀の部、決勝戦を行います。選手以外の方は白線から三歩ほど離れてください」
 試合のアナウンスが流れた。コートの周りには選手が野次馬のように集まってくる。決勝戦は、いうなればコンサートの締めのようなもの、見る方もする方も最高に盛り上がろうとする。
 反対側の白線の外側に道着姿のハイケがいる。あのきれいな髪は結ったのだろうか。ムサシからは見えないでいる。
 主審が選手を交互に見て開始線まで来るように促す。ムサシもハイケも作法に則り、すり足三歩で開始戦に着く。そして、
「はじめぇぇぇ!」
 主審の力強い掛け声と共に試合が開始された。
 ムサシは中段、ハイケは上段で獲物を構える。間合いを詰めたり離したりして、相手の動きを見計らう。
「めぇええん!」
 先に動いたのはハイケだった。上段で構えた左太刀で小手を狙うふりをして、右太刀でムサシの面を狙う。しかし、ムサシは鍛え抜かれた反射神経でその太刀をのけぞってよける。隙を見せたハイケに、すかさずムサシは踏み込み、左太刀で面を入れる。ハイケはそれをフェイントで使った左太刀で受け止め、間合いを離す。
(素早いな。コジロウと同じタイプだな…………コジロウ………か…)
 ムサシはコジロウとの試合を少し思い出していた。素早い切り返しに、機敏な足さばき、鋭い太刀筋、あれほど洗練された動きは未だコジロウ以外では味わったことがない。

ビュウ――

 間合いを詰めたハイケが左太刀を胴に向けて放つ。ムサシは軽く右太刀でそれを受け、距離をとる。
(はぁ)
 ムサシはため息をつく。

(ちくしょう、ふざけやがって)
 ハイケは苛立っていた。ムサシは確かに強いが、真面目にやっているようには全然見えない。
(こいつも私を女だと思って甘く見てるんだな)
 ハイケはこれまでも、「女」というだけで手を抜かれることがあった。女だから攻撃できない。そんなフェミニスト野郎にハイケは幾度となく自分の誇りを傷つけられた。
(私を甘く見るなよ!)

 対峙していたハイケの動きが急に変わった。
「めぇええん! こてぇええ!」
 ハイケは素早い太刀捌(さば)きでムサシに猛攻を仕掛ける。ムサシは防御に徹する。
「こてぇ! こてぇぇ! あしぃい!」
 ハイケは自分で自らの隙を作ってしまう下段攻撃を巧みな連続攻撃に取り入れて攻撃する。
「――くっ!」
 ムサシは思っていた以上に、ハイケの太刀筋が速いことに焦る。
(カウンターも取り入れないとこっちがやられる……)
「どお、めぇええん!」
 ハイケが胴と面をほぼ同時に交互に繰り出した。ムサシは胴を受け、半歩さがり面に向かって太刀を振り下ろす。
「めえええん!」
 これで決まるとムサシが思った瞬間、ハイケがタイミングよくその太刀をのけぞってかわし、踏み込むと同時に、
「めえええええええん!」
 甲高い声が鳴り響き……
「一本! 面あり!」
 主審と副審の旗がすべて赤、ハイケの方に上がる。
(やられた……)
 ムサシはカウンターを返すことに気を取られて、見事にハイケの誘いに乗ってしまった。
(何やってんだ俺はっ!)
 ムサシは腹立たしかった。目の前の試合に集中しないで、できもしない試合のことを考えていた自分が情けなかった。
(何が二刀が最強だってことを証明するだ……バカだ俺は)
 段々とムサシは目の前が光景だ広がってくる気がした。集中し始めたのだ。
(あいつは……ハイケは強い!)
「二本目はじめぇぇ」
 主審がそう叫ぶと同時にムサシは強烈な踏み込みで一気に間合いを詰めて、左太刀で面を打ち込む。ハイケはそれを受ける。が、ムサシはさらに間合いを詰め、体を上から下にスイッチし、
「あしぃぃ!」
 力強い右太刀をハイケの足に打ち込んだ。ハイケの足に打ち込まれた太刀は重く鈍い音を立てて振り抜かれた。
「きゃ」
 女性らしい声をあげてハイケは床に腰をついた。
「……はっ、い、一本! 足あり!」
 一瞬の出来事に審判も反応が少し遅れた。
 ムサシは本気を出した。相手を侮辱しないように誠心誠意を込めて。
「三本目はじめぇえ」
 主審の掛け声が掛けられた。
 今度はハイケが先に踏み込んできた。めぇぇっと掛け声を出し始めたところで、ムサシが合わせるかのように踏み込み、間合いをこぶし五個分ぐらいまで近づけた。そして、ハイケが振りかぶったせいで空いた右胴に太刀を流すように入れて、
「どおおぉぉ!」
 きれいな胴が決まった。
「一本! 胴あり! 勝負あり!」
 と主審が叫んだ。
ムサシは二刀の部で優勝した――

「あ、おいっ! 獅戸!」
 ムサシは決勝戦の後、ハイケのところに足を運んでいた。
「あによ、馬鹿にしに来たの」
 キッと親の敵を見るように鋭い眼光がムサシに刺さる。
「い、いや違うけど……」
「違うけど何? じゃあ慰めにでも来たの? 『負けたのはしょうがないよ。女の子だから』とでも言いに来たんでしょ!」
「いや……だから……その……」
「あぁ?」
「ご、ごめん!」
 深々とムサシは頭を落とす。
「は?」
 ハイケはすっとんきょんな声を出す。
「お、俺、自分が望むとおりの試合ができなくなって、それで、なんかボーっとしてて、お前が女だからって馬鹿にした態度取ってて、だから、すげぇムカついたと思って、それで謝りたくって、お前がすごく強かったって、いい加減な態度で試合しててごめんって言いたくて……それで、その……」
「…………」
「だ、だから、ごめん!」
 ムサシは正直な気持ちをハイケに伝えた。
「……ぷっ。くくぅうふ」
 ハイケは顔をそむけて笑っている。
「お、お前。ここは笑うとこじゃねえぞ!」
 顔を真っ赤にしてムサシが声を上げる。
「くくく、ご、ごめん……でも、ぷぷふぅ」
 それでもハイケは可愛らしい含み笑いをする。
「な、なんだよ! 人が素直に謝ったってのに」
 ムサシは少し頬を膨らます。
「ごめ……ん、はあはあ、いや、そんな風に言って来たのあんたが初めてだから、つい、……にしても、変なやつぅ」
「別に変じゃねえ!」
 さっきとは一転して和やかな雰囲気が二人を包んでいた。
「こてぇぇぇ!」
 不意に大きな声が会場に響く。
「小手ありぃ! 一本!」
 どこかのコートで決着が着いたらしい。会場全体が騒がしくなる。近くにいた男子二人が、「誰が優勝したんだ」「佐崎って奴だって」「聞いた事無い名前だな」「全国は今年が初めてなんだって」「本当かよ!」という会話が聞こえた。
「コジロウ……」
「え? 誰それ」
 ハイケがムサシの呟きに反応する。
「え、ああ、さっき言ったろ。自分が望んだ試合ができなくなった。って、今棒の部で優勝した奴とやるはずだったんだけど、見ての通りあいつ、得物変えたからできなくなったんだよ」
「ふ〜ん。そうなんだ」
 少しさみしそうに説明したムサシに、ハイケは軽く答える。何かが抜けたような目で試合コートを見つめるムサシを見て、ハイケは少し考えながら言う。
「閉会式の後にコート借りて二人でやればいいんじゃない?」
「いや、それじゃあ決着がつかないよ。ちゃんと審判がいないと……ん? 待てよ、……そうか……そうすればもいかしたら」
 ムサシは何か思いついたように一人で納得する。
「どうしたの?」
 ハイケが尋ねる。
「いや、なんでもないよ。あっそろそろ表彰式だろ。行こうぜ」
「あ、うん」
 二人は本部席の方に歩きだした。

「二刀の部、準優勝、獅戸ハイケ」
「はい!」
 表彰台、ムサシの横でハイケが大きく返事する。大会委員長から賞状と楯を受け取った。そして、
「二刀の部、優勝、皆本ムサシ」
「…………」
「皆本ムサシ」
「…………」
 会場にどよめきが起こる。
「どうしたんだ」
 ハイケも見かねて、ムサシに尋ねる。するとムサシは表彰台を降りて、トロフィーを持った大会委員長の前に立つ。そして、
「すみません! まだそれを受け取るわけにはいきません!」
 そう言ってムサシは頭を下げる。会場はさらに騒がしくなる。
「ちょっと君なにやってるの!」
 役員の一人が止めに来る。それを委員長が手で制する。
「どういうことかな?」
 委員長がムサシに尋ねる。そしてムサシは、
「自分はまだ、二刀が最強ということを示していません。お願いがあります! 得物自由で、棒・杖の部、優勝の佐崎コジロウと試合をさせてください!」
 会場が静まり返る。やがて、正気を戻した役員の一人が、
「何を言ってるんだ。そんなこと認めるわけにはいかな……」
「いいでしょう」
「委員長!?」
「しかし、あくまで佐崎君の希望が優先です」
 その言葉に、会場の目がコジロウの方へ向う。
「僕は構いませんよ」
 さらっと言ったコジロウのセリフに、会場がヒートアップする。コジロウがムサシに目線を送る。その眼には確かな意志が宿っていた。

「制限時間は三分、一本勝負で行います。お互いに礼! はじめぇええ」
 主審が掛け声をかけてムサシとコジロウの試合が始まる。会場は前代未聞のサプライズに興奮の渦を巻いている。
 ムサシが上段で二刀を構え、コジロウは棒を中段で構える。相手の手を探るように、じりじりと間合いを調整する。右にムサシが動けば、コジロウも右に動き、左にコジロウが動けば、ムサシも左に動く。
 そして、最初に踏み込んだのはムサシの方だった。ハイケの試合で見せた。急激に間合いを詰める踏み込みで、互いの距離を縮める。
「めえええん!」
 ムサシが面にめがけて右太刀を振り下ろす。が、振り上げた右太刀はムサシの額あたりで、コジロウの棒先で止められて、その反動を利用して、棒尻でムサシの横面を狙う。
「めぇえええん!」
 とっさにムサシは屈んでそれをよけて、間合いを空ける。
(――くっ、迂闊に近づけない)
 ムサシは長物の有利性を味わう。棒の方がリーチが長いせいで打ち込んでもすぐに止められてしまい、相手の得物の有効範囲で攻撃をくらってしまうため、得意の接近戦ができないことを感じた。
(なら、スピードで勝負だ)
 ムサシは再び踏み込み、今度は素早い太刀筋で攻撃する。
「めぇん、あしぃ、こてぇ、めぇん、つきぃいい!」
 ムサシは素早い体のスイッチを使い、巧みに打ち込むが、コジロウは棒を回転させることで、有効打をかわす。

(やるじゃないかムサシ。でも、これでどうだ!)
 コジロウは棒を回転させて左右交互に回し、そして、
「やあああ、こてぇ、どおお、めえん、どおおお!」
 荒々しく遠距離の攻撃をムサシに打ち込み、白線の隅まで追いつめていく。
「つきぃいい!」
 コジロウはムサシの喉元めがけて突きを放つ。ムサシはのけぞって、それをかわしたが、リーチの長い攻撃のせいで、普通以上に反応したため、足がもつれて転んだ。そして、ムサシが倒れた瞬間をねらってコジロウの面が振り下ろされる。
バシィィィ――
 当たったのは肩で有効打にはならなかったが、副審の一人が旗を揚げるほど際どい攻撃だった。

「やめええ!」
 ムサシが白線を出たため、主審が試合をとめて、開始線に両者を戻させる。
(危なかった……)
 ムサシは危機感を感じていた。しかし、
(棒の動きは複雑だけど、よく見て動けば逆に誘いこめる!)
 ムサシは最後の賭けに出る。構えを下段にして、相手の攻撃に備えた。
「はじめえええ!」
 主審が試合を再開させる。お互いに間合いを考えながら、自分に有利な間合いを作り上げようと、足を運ぶ。
 不意にムサシがぴくっと動くのをコジロウが見て、先手を繰り出す。面、小手、胴、足、突き、とすべての攻撃が流水の如くた手続きに打ち込まれる。ムサシはそれを持前の反射神経と跳躍力でかわしていく。
(もう少し、もう少しだ)
 わざと追い込まれるようにムサシはコジロウの太刀をギリギリでかわしていく。そして、コジロウが棒尻で小手に打ち込んだのをムサシが左太刀を胴に巻きながらかわす。が、コジロウが素早く棒尻から棒先へと切り返して、
「めえええん!」
 面に打ち込んできた。
(ここだ!)
 その面をムサシは右太刀で受け、巻きつけてあった左太刀でコジロウの胴にめがけて――
「どおおおお!」
――打ち込んだ。一年前ムサシがコジロウに破れたあの一撃を――
「一本! 胴あり! 勝負あり!」
 審判の一声が聞こえた。
(やった……ついに、ついに、勝ったんだ)
 ムサシは開始線に戻らずにその場で勝利の余韻を、会場に溢れんばかりにかけられる黄色い声と共に味わっていた。

 試合が終わり、会場の閉館時間の関係で執り行うはずだった閉会式は中止された。役員の愚痴を聞きながらもムサシは二刀の部のトロフィーを今度こそしっかりと受け取った。
「会場内にいる人は速やかに退館して下さい」というアナウンスが放送され、もうほとんどの人が会場を後にしていた。その中で、二人、何か言いあっている奴らがいた。
「ムサシ! 次は、次は俺が勝つからな!」
「あららぁ? 負けミトコンドリアのコジロウ君が何か言ってるなぁ? 小さすぎて、何言ってるか分からないなぁ」
「てんめぇぇぇ」
「ふはははは」
 一年前とは立場が逆転された会話をしていた。
「おい! ムサシ!」
「「え?」」
 二人が振り向いたところにハイケが来ていた。
「おう! 獅戸! どうした?」
「いや……その……さっきは、その、かっこよかったよ……」
「えっ、あっ、お、おう……」
 二人は少しだけ頬を林檎色に染めてうつむいた。そこにコジロウが、白い歯を光らせて、いつもの女性だけにかける甘い声で、
「やぁこんにちは。子猫ちゃん」
 とハイケにかけるが、
「あっムサシに負けた負け犬野郎」
「ぶはぁぁ」
 コジロウ撃沈……
「ぷっ!」
 ムサシが少し吹いた。
「ムサシ、次は絶対、絶対俺様が勝つ! 約束だ!」
 コジロウは悔しそうにそう言った。そして、ムサシは……
「ああっ!」

――満面の笑みで返事した。


                 おわり


あとがき
 初めて応募した作品が、この「チャンバラ・エイジ」でした。中学生の時剣道部だったことを活かしたいと思っていた矢先、「第六回 アニマックス大賞」というものが目の前にあったのです。原稿用紙40枚ほどの短編での応募でしたので、下調べ2日、執筆4日の計6日間で書いた作品です。あの時、大学内では、「はしか」が影響で大学全体が休校になりました。しかも僕もはしかっぽい症状の風邪を引いてしまい。毎日が憂鬱でした。その時、この賞の情報を知り、「これで応募できなかったら、俺負け組決定」という、自分ルールを設定し書き上げました。そんな作品です。最後まで読んで下さったかた本当にありがとうございました。これからも頑張って小説を書いていこうと思います。


この作品が面白かった、ここがよくないと感じた方はポチっとお願いします。



応募の門へ   小説分類へ   トップへ