やままに 第3話〜玄一さんと僕〜


 帝奈ちゃんと別れてから十分後、僕は銀杏(いちょう)公園の入り口に来ていた。
「考える間もなく着いちゃったな……」
 よくよく考えてみれば、徒歩十分の間に考え事をまとめようとするのは無理な話。
 助言を受けれてすぐにこちらに足を運んだ僕のいい加減さには自分でも呆れるところがある。
 銀杏公園は名前の通り、銀杏の木が道沿いに植えられた均整のとれた外観の公園で、住宅の一角にある小規模のものとは異なり、それなりの広さのある公園である。
「しかし、銀杏公園にくればいるって言ってたけど、何がいるんだ?」
 犬? ネコ? いやいやもちろんホモサピエンスのことだろうけど。
 といっても夕方とは言え、休日の公園には多くの人がいる。
 さすがにここにいる人たちにみぃ姉さんの話をしても12割方わからないだろう。下手に「みぃ姉さんと喧嘩しちゃって困ってるんです! 助けてください!」などと尋ねれば通報されかねない。
 う〜ん。一体誰のことなんだ?
「…………まぁ取りあえずどこかに座るか」
 別に足が疲れていたわけではないけど、起きてからというもの精神的に疲労が溜まっていた。
 ちょうどカップルがそれまで独占していた三人掛けベンチを離れたので、そこに落ち着くことにした。
「……ぬくい」
 人のぬくもりというのは普通は求めるものだが、このぬくもりは正直遠慮してもらいたい。っていっても無理な話だけど。
「ふぅぅぅ」
 僕は茜色の空を見上げながら深いため息をついた。
 みぃ姉さんの気持ち
 わからない。
 けど喉の先まで出かかっているものがある。
 きっとこれが答え。いや妥協点なのだろう。
 自分の力ではこれ以上、上に上ることができないものがある。
「……そういえば、『まだいると思うわ』って言ってたよなぁ」
 まだいると言うことは、時間が決められた、もしくはそう決めている人がいるのかもしれない。
「歩くか……」
 そう言って僕は立ち上がり並木道を道なりに歩いた。

 銀杏公園には芝の植えられた開けた場所がある。大抵は、フリスビーやらゴム飛行機やらゴムボールと一振りで曲がるプラスチックバットを傍にある売店から買ってきて遊ぶのだが、今日はその売店の横に屋台が出ていた。
 近づいて見てみればそれはたこ焼き屋だった。
 店を覗いて見てみると、まだ春だというのにステテコ姿の角刈りのおっちゃん(屋台のおじさんはおっちゃんと呼ぶことは僕のポリシー)の後姿が見て取れた。
「おう、いらっしゃい!」
 ツンと抜けるような気迫のあるもてなしの言葉が耳の中で反響する。
 振り向いたおっちゃんは僕を見ると少し驚いたような顔をした。多分相手も僕の顔が珍しく表情に富んだ驚きの表情をしていると捉えられただろう。
「玄一さん……」
「こりゃ驚いた。獅子(しし)坊じゃねぇか!」
 玄一さんは、山の間荘と山一つを境に対角線側にある「川の瀬荘」の住民で、本名は筒野木玄一(つつのきげんいち)。初めて会ったのは四月の中旬で、それ以来僕は玄一さんに「獅子坊」と呼ばれている。
「……たこ焼き屋さんだったんですか?」
 確かに屋台のおっちゃんと言うのは玄一さんには型にはまり過ぎるほど似合っているが、実物で見るとどうにも違和感が生じる。
「おしい。半分正解だな」
「半分ですか?」
 半分どころかほとんど正解な気がするんだけどな。
「実はな……」そう言って玄一さんは顔を僕に近づけて小声で言う。
「ちっと野暮用で、ここしばらくは事務所に顔を出せなくなってな。今は食いぶちを稼ぐ為の仮の姿をしてるわけよ」
「そうなんですか……」
 事務所ってなんのだろうと考えたら負けだよな……
「まっ、そういうわけだからよ。よかったら俺の家計を助けると思って買っていってくれよ。数を買うなら安くしとくぜ!」
「じゃあ、一パックで」
「……おいおい、いいのかい? 俺のたこ焼きはお前んとこの(あざみ)が五は軽く平らげるほどの旨さだぜ。一つじゃ、口が寂しいことになっちまうぞ」
 玄一さんは口を開けて豪快に笑う。
 ……ん? 今、みぃ姉さんのこと何気に言わなかったか?
「玄一さん。みぃ姉さんってよくここに来るんですか?」
「おうよ。今日は見なかったが、ここんとこ毎日のように顔を出すぜ」
 みぃ姉さんが毎日のように…………あれ? 何だか体の中からダークなものが込み上げてくる。
「……随分。気に入ってるんですね玄一さんのたこ焼き」
 少し刺を付けて言ってしまったが、玄一さんは気にした様子もない。
「おうよ。お前も一つを言わずもっと買ってけって」
 清々しいほど大声で玄一さんは笑う。
「じゃあ十下さい」
「まいど! 知ってる仲だ。特別価格で三千でいいぜ!」
 ちょっと悔しかったので調子乗って十なんて言ってしまったせいで、野口さんが三人も僕の携帯型金庫(要は財布)からいなくなってしまった。まぁ別にいいんだけど。
 早速、注文を作り始めた玄一さんは随分と手慣れていた。結構長いことやっているのかもしれない。
 玄一さんの作業を見ながらボーッとしていたが、ふと思った。
(もしかしたら帝奈ちゃんが言ってたのって玄一さんのことかな?)
 確かに「まだいると思う」と言うことは、予めここで何かしていること事前に知っているということだしそうなのかもしれない。
 そんなことを考えていると玄一さんが話しかけてきた。ちょうど具を入れ始めたところだ。
「そう言えば、恋春(こはる)のやつがお前から連絡がないからきっと新しい女が出来たんだって、昨日樹奈(きな)の部屋で騒いでたぞ」
「……新しいも何も僕は彼女と付き合ってすらいませんよ」
「そうなんか? あいつはどこ行ってもお前の話しかしねえから俺はてっきりもう出来てんのかと思ってたが」
「気のせいです」
 僕はきっぱりと言った。
「そ、そうか……」
 僕の鬼気迫った言動に驚いたのか。少し玄一さんは間が悪そうに答えた。
「しかし、恋春は性格は確かにあれだが、見た目はかなりの上玉だぞ。そんなやつに迫られてるのにその態度。……お前、玉ちゃんとついてるのか?」
 玄一さんは品定めをするように僕の方を見てくる。
「ちゃんと付いてます。ついでに機能の方も玄一さんには負けませんよ」
 僕は自分の安いプライドを軽く傷つけられたので、悪態をついて言い返した。
「おっ、言うようになったじゃねぇか。まぁいつの時代もモテる男は辛いよな!」
 玄一さんは僕の憎まれ口に気も触れない様子で、豪快に笑い飛ばした。
 ってか
「玄一さんはモテてたんですか?」
「何言ってやがる。今でもモテるんだよ! かあぁ、お前にはまだわからんかねぇ。この体から染み出る男気が!」
「加齢臭の間違いじゃ……」
「――なんか言ったか」
「いえ! 何も!」
 玄一さんのどすの利いた声はとてもとても怖かったです。
「っと、ほらよ。出来上がったぜ」
 玄一さんは出来たての香ばしい香りと共にビニール袋に入ったたこ焼きを手渡してくれた。
「じゃあ、お代ここに置きますね。……では」
 そう言って去ろうとする僕に玄一さんはこう言った。
「何があったか知らんが、俺のたこ焼きできっかけでも作って解決しろよ! 女がらみの厄介事は長引かすと苦労するからな」
 さっきのちょっとしたやり取りで、玄一さんは何かに気づいたようだ。
「どうも僕には苦手な問題ですからね。嫌でも長引くかもしれませんよ」
「得意なやつなんているか! わからねぇなら分からんなりに正直に自分のことを言えばいいんだよ」
 玄一さんは励ますように僕に語る。
「……それでも駄目な場合は?」
 僕がそう言うと、玄一さんは力強く僕の背中を叩いて言った。
「謝れ。謝って謝り通せ!」
 ちょっと転びそうになったが、なんだかモヤが晴れるような一撃だった。
「ありがとうございました」
 僕がそういうと
「何言ってやがる。客へのアフターサービスってやつだ。これも料金に入ってるんだよ」
「……格安ですね」
 そう言って僕は今度こそ家路に向かった。後ろから「頑張れよ! 青年!」と聞こえてきて僕は少しだけ頬を緩めた。

 帰ってる途中に、玄一さんは何だかみぃ姉さんに似ているかもしれないと思った。
 川の瀬荘では、山の間荘のみぃ姉さんのように、玄一さんがその役割を担っているように思えた。




あとがき
 お久しぶりです。行天です。
 さてさて、一向に明かされない登場人物たちの人間関係にお困りの方はいませんか? 大丈夫ですか? というか作者が混乱しそうです。
 一応、この人間関係の元となった出来事はあるんですが、それは一番最後に書くと思います。
 何故ですかって? 作者が中二病だからです!
 ……答えになってませんね。正直な話そっちの方が楽しいと思ったからです。ただそれだけです。
 それではまたw
2008年1月17日 行天大翔


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