ある日、午前、僕登校
これはとある男子高校生の物語
前略おふくろ様、今日も今日とて朝から僕は満員電車に乗って、自分の学び舎への通学に頑張っております。さっきから電車が揺れるたびに右斜め28度から降りかかってくる、スーパーのレジでも認識できないだろう加齢なスメルを持つ地球猿のバーコードが鬱陶しいんじゃあボゲェ!!なのです。
っというのは心の中で思ってもけして現実が報われないことは百も承知だけど、この地獄から解き放たれたいと神に願わずにはいられない。たった八分の駅間も、不快なことがあると三十分にも一時間にも感じられるのがまったくもって不思議である。
よく電車の中で化粧をするなんて迷惑極まりないと偉そうにテレビに出ている評論家やその実状を聞いて嘆いている政治家が言っているが、取りあえずお前らは自家用車かお迎えの車で送迎されているのか知らんが、本当に迷惑極まりないのは、いかにも整髪剤たっぷりつけてハゲを誤魔化してるおっさんか、ろくに風呂に入ってなさそうな不衛生極まりない服装のヤツだ。
しかもそいつらが自分より背が低いとさらに悪く、もう勘弁してほしいと言いたいぐらいにベッタリとしたものがあちこちに付着した日のテンションときたらそれはもう。要は「不衛生」こそが満員電車の中で最も忌み嫌われるのである。
化粧なんかはむしろ自分を綺麗にしているのだから俺の中では容認だ。でも汚いのを隠すために化粧してるやつはマジ勘弁。
などと考えていると電車は目的の駅に到着した。もともと下車する人が少ない駅なので、満員電車のときは
「おりまぁーすっ!!」
とデカイ声を朝から出さなきゃならん始末。結構声量ってのは難しく、小さいと人は微動だにしないし、逆に大き過ぎると「テメェうっせぇんだよ」というかなり痛い視線が集まるので、いつもよりは大きいぐらいの声をだすのが良いとされる。
まぁいつものことと言えばいつものことなので、意外と簡単に抜けられてしまう俺。
「おりぃまぁーーす!! すいませーんっ! ここでおりまーすっ!!」
しかし、一つ隣の車両では、まだホームに降りられずにいる人がいるらしい。あまり人が降りない駅ってのは当然駅員も配置されていないので自力で降りるしかない。
「ちょっ、おりまぁーーすっ!! 通してくださいーっ!」
よく見ると降りようとしているのはうちの学校のやつらしい。顔は見えないけど声からして多分女の子だろう。
プルルルルルゥと今時珍しい音が鳴ると電車の扉がプシューと閉まり始めた。少女危うし!
っと思ったが、目の前の女の子は唯一出ていた肘を見事にドアの間に入れて止めた。
おおっ! やるじゃん! などと?気に感心していると、もう一度扉は開き、そしてまた閉まる。ガンと鈍い音がする。またもや彼女は肘で受け止めていた。プシュー、ガン、プシュー、ガンと二回ほどしたところで俺ははっと気づく、目の前の彼女は回数が増えるたびに顔が苦々しく歪められていることに。俺は急いでその手を引っ張り、なんとか救出する。そして扉が閉められ電車は出発、なぜかその向こうにいた乗客たちに軽く睨まれた。
「????」
そういえば、よくよく考えればなんであの人たちは何度も出ようとしている彼女を助けなかったのか。見た限りで乗客は全員男、苦しもがく体勢の崩れた女子高生、そして去りゆく時の乗客のあの態度、
………………………………あいつらわざとか!!
前略おふくろ様、もう日本はおしまいです! 朝から己の欲望に忠実な理性のかけらもない虫けらどもが今の日本を作っております!! とんだロリコンどもの巣窟です!! 懸命に勉学に勤しもうとしているいたいけな女子高生を助けもせず、むしろ邪魔しているとんでも野郎の閉鎖空間です!!
と、途中で自分がなにを言っているのか意味不明(ってか己が魂から沸々と湧き上がる抑えきれない情動に意味を持たせてはいけない!)なのだが、それよりもあの屑どもに押しつぶされていた女の子の方が心配だ。そう思って視線をそちらに向けると、結構苦しそうだった。耐えかねた俺は声をかけた。
「だ、大丈夫ですか?」
カッコよくきめようとしてもどもってしまうこの現実の悲しいこと、トホホ。
そうして俺が差し出した手を掴むのかと思いきや、
バシッ――
柔らかい感触の代わりに、乾いたぞうきんで、はたかれたような痛みが伝わった。ってか思いっきり手ではたかれた。
「んなっ!!」
自分の完璧な紳士魂を蚊をぶっ飛ばすかのようにはたかれたことに驚いた。
しかし、彼女は俺のことを目にも入れずにスクっと立ち上がって、歩いて行こうとする。
「ちょっちょっと!!」
あまりの突拍子のない行動についつい俺は彼女を呼び止めてしまった。
「…………何?」
不機嫌そうに彼女は一応立ち止った。
「あ、いや……ここは、そのなんだ、お礼みたいのを言うところでは?」
しどろもどろしながらも俺は要件ってかこっちがお願いしているみたいに告げると、
「なんで?」
少女は親の仇を見るぐらいの嫌悪感を込めて答える。
「なんでって、えーと……そういうもんでしょ普通?」
あの状態でお礼を言われるならともかく手をはたかれるという暴挙はどうにも納得できない。
「そう」
「そうなんです」
なんで俺敬語なんだろ?っと不毛なことが頭をよぎった。が目の前の彼女は思いっきり顔を歪めて言った。
「…………あんたキモい」
それだけ残して彼女は足早に走って行った。
キモイキモイキモイキモイキモイキモいキモいキモいキモぃっと頭の中で何回も反芻される。
「……………………………………………ってなんじゃそりゃあああああああ!!」
たっぷり沈黙をおいて俺は誰もいないホームで叫んだ。
前略おふくろ様、もう日本はくそです!! ゴミ溜めです!! 親切なことをしたはずなのに、女の子にはやさしくという母親の言いつけも守ったのにこの仕打ちぃ!! もう誰も信じられないです! 俺の周りが地球を侵略しにきたタコ型知的生命体にしか見えません!!
とかなり虚しい心の手紙を母親に送ったところで、ふとした違和感に気づいた。
(あれ? でもどう考えてもあの屑どもの中にいるのって嫌だよな普通。それにあの拷問器具と一時的になっていた扉も)
とそんな思考が頭の中で考察される。
(まてよ。しかしそしたら俺が、キモいと言われる理由が分からん。……キモいかぁキモいかぁ)
とちょっと地面にのの字を書いていじけてみた。いや、うん。なんとなく思ってたよ自分がキモいことぐらい。
しかし、はっと俺はあることに気付く。
(いや、待てよ。もし逆にそれが彼女にとって嫌なことじゃなかったら……)
電車の中、女一人に野獣がいっぱい、降りようとしたらドアに挟まれ、その痛みが快感で降りることができなくなり、体も変な風に密着しちゃってまたそれが……
「――ヒッ! 痴女っ!!」
と俺が叫ぶと、誰もいないと思ったホーム、しかも俺のすぐ近くに杖を持ったおばあさんがいて…………容赦なく杖で何度も叩かれた。
グスン。
Copyright (C) 2007-2008 Gyouten Taisyo