それは在り来たりすぎる日常だった。

 共に笑い、落ち込み、また笑い、いつしかそんな日常に疑問を持って、共にいることをやめた。年を重ね、成長していくごとに、共に過ごす時間がこそばゆく、周りの視線や評価を意識するようになり、自分から共に過ごすことをやめた。



「また吸ってんの?」

 
やわらかい声色で少し非難めいた声が聞こえた。


「体に悪いよ。ってかそれ以前に、未成年が学校でタバコ吹かしている方が問題だけど……」


 模範生徒見たいな事を言うそいつを見るために、仰向けで地面と呼ばれるコンクリートにぴったり張り付いていた頭を少し上げる。他のやつらよりか生まれつき胸板が厚いせいか、胸ポケットに入っていた○ボロの箱が視界に入った。


「ロシアでは早いやつじゃ、10歳から吸ってるらしいぞ」


「えっ!? うそ!!」


「マジ」

 俺の足元にいるそいつは、生まれつき素直なせいか人の言うことをまず、信じる。しかし、馬鹿ではないのでちょっと考えれば――


「…………うそでしょ。それ。」


 はい、この通り。
 しかし、ここで引き下がっては面白くない。


「いやいや、マジマジですよ」


 少しチャラけて俺は答えを濁す。


「えっ!? なぜに敬語? ってかマジを二回重ねる必要ないでしょ」


 目の前の彼女はどうやら自分がからかわれていることがわかっていな――


「あっ! 拓馬ぁ〜今の私をからかったわね」


 ――くもないらしい……。賢い女は可愛げがないな。しかし、人間というやつはどうにも嘘をつくと真実を言えない習性があるらしい。


「からかってないよ〜♪ ほんとだぞ〜♪」


 変なリズムで歌ってみたりする。


「絶対うそだ……」


 恨めしそうな目で彼女は俺をジト見する。……なんだろうな。本当にこいつは真面目で、からかいがいがある。


「なにニヤニヤしんてんのよ」


 っと言われて、俺は反射的に右手で口をおさえる。……どうやら知らない間に表情に出ていたみたいだ。くっ……不覚っ。
その様子を見てか、彼女は少し考えるように眼球を上に移動し、そのあと、俺とは違い、故意にニヤニヤと笑い、言った。


「じゃあ、私の目を見て、その嘘という濁りがない目を見せてぇ〜」


 むぅっとその言葉を聞いた俺は押し黙る……しかし、彼女は待ってくれない。こうなったら――


「はい、じゃあいくよ。3、2、1……ってそんな全力で目をそらすな!!」


「……」


俺は沈黙を守る。


「はい、拓馬くぅん。私を見て」


 っといって彼女は信じられない速さで俺の視界に入り込もうとする。


「私を見て、私を見て、私を見て」


 彼女は俺が視線を逸らすたび、執拗に回り込んでアプローチしてくる。これが、もっと甘い雰囲気の時の台詞なら俺もいちころだろうに……


「私を見て、私を見て、私を――」


「ええい、うるさいっ!」


 あまりにしつこいので、怒鳴りながら俺は彼女のほうを振り向く。


「「あっ!!」」


 いきなりだったので彼女も勢いを止めることが出来ず、そして顔と顔の距離が鼻一個分に迫り、このままではぶつか――


スゥ


 ――らなかった。

「「…………」」

 二人の間に静寂がはしった。


「「………………」」


 なんとなく気まずかったので俺はまた仰向けに寝転がり、胸ポケットの箱からタバコを取り出して、おもむろに火をつける。


カチッ


「あっ」


 その音に気づいたのか。彼女が声を上げる。


「だからタバコは体に悪いって言ってるでしょ」


 っと言って、彼女は俺の右腕からタバコを奪おうと手を伸ばしてくる。
 俺は特によける動作をしなかった。それは、わかっていたから。


スゥ


 彼女の手が空を切る。

 そう、俺はわかっていた。彼女が俺に触れられないことを。彼女は肉体を持っていないから。きっと彼女が見えるのも俺だけだろう。彼女の声に耳を貸せるもの俺だけだろう。


「はは……やっぱり禁煙は自分の意思でやらなくちゃね……」


 彼女がこの苦々しい笑顔をするたび、俺は胸を刺されるような感覚がする。


 そう、彼女は、夕焼 光は幽霊なんだ。




 高校2年の夏、俺、夕影拓馬は大事な人を失った。

 俺が小2のときにここ、七紙市に引越してきたときからお隣に住む、夕影 光とは同じ道を歩んできた、いわゆる幼馴染だった。光は、小さいときから真面目な性格をしていて、忘れ物はしないし、遅刻も欠席もしなく、当然小学校の6年間も中学校の3年間も皆勤賞を取るようなやつだ。俺は変な馬鹿なんかより、そんな光の真面目さのほうが好きで、気負いなくしゃべったり、遊んびにいったり、勉強教わったり、小さいときから変わらない関係でいた。



 しかし、高校1年の秋、光はいわゆる「いじめ」にあった。

 同じ高校に進み、クラスこそ違えど、俺たち二人の距離は変わらなかった。俺は割りと早めにクラスに馴染み、それなりの友人関係を持っていた。しかし、光はそうではないらしい。人見知りはしないし、会話だって結構気さくな感じにできるはずだが、どうも持ち前の真面目さに気に食わないやつがいたらしい。

いじめなんてものは今のご時世どこの学校でも見られる風物詩となり、いじめられたやつは引きこもったり、転校したり、最悪で自殺をする。そんなどうしようもないこれがまさか自分の身近なやつに降りかかろうとは誰が教えてくれるだろう?

 光は基本的には机に落書きやら、ロッカーにごみの山やら、上履きに画鋲のオンパレードみたいな古典的ないじめにはあっていなく、やはり現在で一番性質(たち)の悪い「シカト」を受けていた。

 シカトってのは無視とは違い、能動的なことが受け入れてもらえなく、受動ばかりしていずれそいつをパンクさせちまうどうしようもねえ思春期行動だ。ようは、こっちの話は聞いてもらえねぇが、あちらさんは影でってか本人に分かるぐらいの距離で陰口叩くってことだ。

 しかし、光は真面目さからか、それとも勝気な性格からか、登校することを止めなかった。もちろんいじめに途中で気づいた俺もできる限り、光と学校で話していた。クラスのことはなるべく避けた話題を振った。光がつらい思いをしないようにと考えて、もしかしたら光のやつも俺のその気遣いに気づいていたかもしれない。考えれば大抵のことは理解するやつだから多分そうだろう。駅前の喫茶店の店長の禿げ具合とか、レンタル屋のねーちゃんの恰幅の良さとかそんな他愛のない話で俺たちは昼休みとか下校の時とかに盛り上がっていた。光はもしかしたら、あまりいじめられてることを気にしていなんじゃないかとその時の俺は思っていた。それが過ちになることも知らずに……



 高校1年の晩冬、俺は光を孤立させた。


 他愛もない日常、高校に入っても俺は平和な日常を過ごしていた。朝は予鈴5分前に教室に入り、「また、徹夜かよ」とか笑って言ってくるやつらにアクビで返事をして、授業の時間は睡眠学習。昼は光と駄弁(だべ)りながらメシ食って、午後の授業は自分の世界に入り浸り、部活の時間は「用事があるから」とさっさと早退し、そして光と下校する。平穏な日常。俺はずっと続くと思っていた。卒業までこの幸せの連鎖が続くと。

 だが平穏はいつの世も呆気なく崩されるのが世界の法則らしい。

 光に対するいじめの矛先は俺にも向くようになった。違うクラスとはいえ、所詮は同じ建物の中、噂ってやつはインフルエンザより拡散能力が高い。もちろん病原菌を振りまきやがったのは光のクラスのやつらだろう。しかし、発生源はそれほど重要ではない。一度振りまかれたものはその根源を潰したところでどうにもならない。


はじまりはこうだった。



「なぁ拓馬。お前3組の夕焼と付き合ってるってホント?」


 唐突にその質問をしたやつは俺がクラスの中でも仲良くしているやつだった。


「いや、光はお隣さんだよ。別に付き合ってなんかいねぇよ」


「そうなのかぁ〜。その割には昼休みとか一緒にいるじゃん」


「別に気が合うだけだよ」


「またまた、お前もあいつと付き合ってるの知られたくないだけだろ」


 なんか無性にこいつがむかつくのは何でだろう。いつもはこんなに絡んでこないやつなのに。


「なんか今日のお前しつこいぞ」


「おいおい、剥きになんなよ」


 どうやら何を言っても無駄っぽいな。


「言っとけ!」


 そう言って、俺はそいつとの会話を無理やり終わらせた。普段は人のことを執拗に聞いてこないこいつが俺のその言葉のあとにニヤニヤしていたのだけは、鮮明に覚えている。

 それから俺はクラスのやつらに光のことで絡まれることが一週間ほど続いた。元の性分からか面倒なことは聞き流す習性がある俺は、その質問のほとんどを適等に流していた。しかし、高校生という年代は妄想が死ぬほど好きなのか、俺の態度を照れ隠しとし、ついでにその彼女はウザイやつで悪趣味な男というレッテルを当人が知らないところで貼られていた。次第に周囲の目はドンくさい俺でも分かるぐらい明確な拒絶の色を見せ始めた。正直あまり心地よくなかった。この原因を光のせいにするほど俺は愚かではなかったが、こういう環境を我慢できるほど大人ではなかった。素直に自分のことで手一杯になっていた。だから、俺はある冬の寒さも和らぎ始めた三学期の昼の学校で、言ってはいけないことを言ってしまった。


「悪い光、そろそろ球技大会だろ。俺、クラスのやつと昼はサッカーの練習するから、しばらく一緒に食えないから」


 今まで触れなかったクラスの話題を出してしまった。けして嘘ではなかったが、あのときの俺は自己防衛を最優先にしたことも本当だ。


「そう……練習………頑張んなさいよ」


「おう!」


 あの時の光の顔が今でもどうしても思い出せない。きっと見てなかったんだろう。だから思い出ですらないのだ。


 集団でやるスポーツは参加するだけでも、仲間の和が生まれるものだと俺は思った。実際、しばらく昼と放課後にサッカーの練習を一緒にやっただけで、俺のクラスでの評価は元に戻った。今となっては俺のクラスでの不評なんてものはたいしたものではなかったのかもしれない。また、平穏な日常が戻ってきた。ただ、昼と放課後の予定は少し変わったが、少なくとも俺は幸せを感じていた。

 人間、自分の心に余裕ができると、周りに目を向けられるようになる。俺も、球技大会が終わったころから、光のことを気にかけるようになっていた。

 光は学校の時間はほとんど見かけなかった。たまに見かけても、休み時間が終わる3分前の教室前の廊下ぐらいだった。光を見かけたときは軽い挨拶程度の会話はしていた。だが、時間がないためすぐに光は教室に吸い込まれるように入っていく。なにか影があるような気もした。

放課後は、俺のクラスのやつと一緒にいまだにサッカーの練習をしていた。訳は、この前の球技大会で2回戦までしかいけなかったからだ。1年から3年まで出場している大会で、1年が一回戦勝っただけでも俺は良しとしたいのだが、納得できないやつが多々数名。そんなわけで俺は放課後はサッカーの練習を続けている。結構遅くまでやっているのだが、たまにチームの都合が悪いときは、相変わらず俺は部活をさぼって帰宅する。すると家の近くの公園で近所の小さい子達の面倒を見ている光を見かける。昔からしっかりしている光は面倒見も良い。だから、近所のお母様方から夕飯の買出しをする時刻はよく面倒を見るのを頼まれるらしい。そんな光景を見ても、俺は邪魔になるだけだろうと思って、そそくさと家に帰る。

 それからその生活の連鎖は終業式、春休み、2年の春まで続いていた。



 ある初夏の日、その日初めて光は学校を休んだ。

 その辺りからだ。俺は今まで以上に光の事を気にし始めた。休んだ原因は風邪だった。しかし、俺には引っかかることがあった。あのしっかり者の光が体調を悪くするのだろうか、自己管理を怠るのだろうか。俺は心配した。久しぶりの感覚だった。次の日には何事もなく登校していた光は、当たり前のように平然とした顔をして、いつも通りに学校生活を送っていた。そして俺はまた心配した。光は何か自分が納得しないことがあったらそれが解決するまで、何か行動するはずだ。あの日の光は何かを吹っ切ったような顔をしたいた。

 だから俺はあの日光と一緒に帰ろうと誘った。今まで共に過ごしてきた彼女とは違う影のようなもの感じて、俺は自分を少し恨んだ。結局、自分が感じていた平穏は光を避けることによってもたらされたものに過ぎない。きっと俺は傷つくことを恐れて逃げていたんだと今になって思う。とんだチキン野郎だった。俺の申し出を光は少しだけ嬉しそうに笑い許してくれた。久しぶりに一緒に下校した。途中、近所の子供のことやそのお母さんたちがお礼に和菓子を買ってきてくれたことなんかを光は楽しそうに話していた。俺も自然と口元がほころんでいた。そして、お互いの家に着く少し前のいつもの公園で――


「あら、光ちゃんいい所に」


 近所の高田さん(29)が光に声をかけた。


「あ、高田さんこんにちわ」


 光はいつもそうしているように返事をする。


「ちょっと20分でいいからヒロのこと見ててくれない?」


「あ、えっと……」


 光はチラッとこっちに目線を向ける。別に俺は強引に光を引き止める権利はないわけで、軽く頷いて光に答えた。


「……わかりました。ヒロ君どこですか?」


 光は少し公園に向かって歩き出しながら高田さんに聞いた。


「それなら、あそこの滑り台の上にいるで……あ、ヒロ!!」


 高田さんが叫んだ時、ヒロ君は滑り台の手すりに足を引っ掛けて、宙ぶらりんに今にも落ちそうになっていた。そしてその時誰よりも早く動いたのは光だった――


 ――光は走った


 ――俺も走った


 ……光は間に合った


 ……でも、


 俺は…………



 ――ドサッ

 鈍い音がした。
 光は落ちてきたヒロ君を抱えていた。ヒロ君は泣いていた。光は動かない。頭から赤い雫がたれていた。光は動かない。光の後頭部には俺の(こぶし)ぐらいの石があった。光は動かない。まるであの空に広がる夕日と混じったように――



 病院に運ばれてからたいした時間もかからず、光の死の訃報はされた。光の両親が病院に駆けつけた時にはすでに事切れた状態だった。そして、長い時間光の父親の罵声と母親の泣き声が病院の中を木霊していた。俺は……何をしていたのだろう?



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小夜曲(セレナーデ)(1)