葬式の日、俺は荒れた。
同じクラスということで、光のクラスメイトの大多数が葬式に来た。光をいじめていたやつらが平気な顔をしてこの葬式に来やがった。俺の中は光をかばえなかった自分の愚かさとこいつらへの怒りでいっぱいになり、殴った。坊主頭の男を。殴った。金髪の女を。殴った。太った男を。殴った。背の高い女を。大人たちが止めに入った。でも俺は殴った。メガネの男を。殴った。ピアスをつけた女を。葬式は大騒ぎになった。俺の両親は俺を止めに入った。それでも俺は……
葬式のこともあり、俺は自宅謹慎処分を2週間受けた。俺の両親はひたすら謝りに、光のクラスメイトの家に足を運んでいた。
二週間は以外にもあっという間に過ぎた。俺はそれまでそうしていたように学校に行く。周囲の目はやはり俺に向いていた。葬式で光のクラスのやつを殴ったことだけじゃないだろう。それまで光がいじめにあっていたことは、それなりに広まっていたから、その話に尾ひれがついて同情・恐れなどの感情がしっきりなしに俺にぶつけられる。それからというもの、俺は学校に来ても授業を受けずに屋上にいることが多くなった。一日中空を見て、夕方になる前に帰る。
そんなローテーションが1週間続いた。
光を失ってから胸には虚構しかなかった。
会いたい……
そんな思いだけがいつまでも心によぎる。
もう一度、あの顔が見たい。あの声が聞きたい。あの手を握り締めたい。
無理だと分かっていた。けどあきらめる事などできなかった。
ある日、その日はいつもより天気が愚図ついていた。雨が降るかもしれない。でもそれでも屋上にいようと思った。雨がこのわだかまりを流してくれると思ったから。
屋上に着いて十分もしないうちに雨は降ってきた。遠くから低く鈍い音も聞こえる。次第に雨は強くなった。制服が雨を吸収して、心なしか重い。そして、雷光が見えてきた。俺はその場を動かなかった。むしろ、当たってしまえと思った。そして――
ビィシャァァァ
屋上の避雷針に雷が落ちた。
俺の目はチカチカと白い背景しか見えてこない。体もなんだか吐き気がした。これで俺は死ぬのか……と思った。
しかし、やがて目が戻ってきた。辺りは相変わらず雨が降り、下の教室からは騒ぎ声が聞こえる。ブレーカーでも落ちたのかもしれない。俺はもう帰ろうと屋上の出入り口に向かう。
だが、その足は止まった。
目の前に、信じられないものを見たからだ。
「ひ…か……光!!」
うっすらだが、しかし確実にそこには「光」がいた。
「光、光だよな!」
俺は感情の波が押し寄せてくるのを止められない。
「…………」
「光?」
光は黙ったままただこちらをまっすぐ見ていた。そして、ゆっくりと口を開くのが見える。しかし、声が聞こえてこない。段々、光は叫ぶような仕草で俺に呼びかけているが、声は聞こえなかった。
「光、何言ってるかわかんねぇよ……」
そう俺が言うと、光は悲しそうに目をつむり、雨の向こうへ消えていった。
「光……」
次の日、俺はまた屋上に行った。光にもう一度会いに行くためだ。昨日のことは幻想にしては何か引っかかった。
その日は昨日の大雨のせいか、天気は一転して快晴だった。屋上は日の光をやたら浴びて少し扱った。
「光ぃー」
声を出して呼んでみた。周りは誰いなく、しんと静まり返っていた。
(やっぱり昨日のは幻か……)
そう思った矢先、目の前の光景が少し歪んで見えた。そして、薄い半透明の光が現れた。
「光?」
俺はすぐにその名を呼んでみる。
「…………」
光はコクンと頷いただけだった。
「声……出ないんだな……」
……コクン
「そうか」
光の声を聞けないのは残念だと思う。でもこうして俺の前にまた光がいる――それだけで俺は嬉しかった。
それから俺は毎日のように屋上に来ては、光にいろいろな話をした。ヒロ君は今も元気に遊んでいること。クラスのやつは俺がぶん殴っといたこと。
そんな日を重ねるごとに、次第に光の姿がはっきりしてきたことに俺はやっと気づいた。そして俺が担任の日下部がセクハラで告訴されそうってことを話していると、
「フフッ」
懐かしい声が聞こえた。
「……っ!! おい光、今笑ったか?」
「!?」
「もう一度、そうだな……俺の名前呼んでみろよ」
俺はただ心の中にすっとあったその願いを光にぶつけてみた。
「…ぁ……ぅ…ま」
光の声がうっすら聞こえる
「もう一度」
「……た…ぅ…ま」
「もう一回」
「た…くま……拓馬」
光は俺の名前を呼んでくれた。
「光」
「拓馬」
「光」
「拓馬」
ただお互いの名前を確認しあうこの行為が純粋にうれしかった。
「私の声,聞こえるんだね」
「ああ、聞こえるぞ」
夏の日差しが眩しかった――
それから学校がくるのが楽しみになった。ただ授業をサボって、光としゃべっているだけなのに……楽しかった。この時間が永遠に続けばいい。そう思った。
だから俺は今日もタバコをフィルターを外して吸う。早く光と同じになるために。正直言うと、最近喉がやたら痛い。ずっと異物を詰まらせている感覚がする。光はタバコのことをよく知らないらしくフィルターを外して吸うとマジやばいことを知らない。きっと首を掻っ切るほうが早いのだろうけど、幽霊になってどこぞの魔法使いの学校にいる中途半端な首なし男爵みたいにはなりたくないし、第一に光が許してくれないだろう。
夏休みになったが俺は毎日のように学校に足を運んでいる。光は屋上からは離れられないらしい。だから二人があえるのはここだけ。学校は休み中だが、閉まってはいない。部活やら文化祭の準備やらでみんな使うからだ。おかげで休みの間、俺はすんなりと屋上に行けた。
夏はあっという間に過ぎる季節だ――
それは誰もが思うことだろう。俺も例外ではなかった。光と共に過ごしたこの一ヶ月、とても短いものに感じた。夢、幻の如くとはよく言ったものだ。そんな夏休みも終盤に差し掛かった珍しくどんよりとした天気の日、光が唐突にこう言った。
「私ね、生まれ変わるんだって」
「はぁ?」
俺は一瞬思考が停止した。
「生まれ変わるって、あの輪廻転生ってやつか?」
魂という概念を使えば、魂というのは何回もその器を変えて現世に生き返るという思想がある。
「うん、それのことだと思う」
光はなぜか自信なさ気に言う。
「だと思うって、他に何かあるのかよ。それになんか誰かに言われたような言い方だな」
光の言動の一つひとつが不思議に思えてくる。
「うん。なんか私たちで言う閻魔様みたいなひとに言われたの」
なんだかスケールの飛んだ話だな……ん? なにやら光の頬の辺りが赤く染まっているような……
「なぁ光」
「なに?」
「その閻魔みたいのひとって男?」
俺はなんだかそうだったら嫌だなぁって質問をぶつけてみる。
「!?……ち、ちがうわよ!!………えっと…」
「えっと?」
「その……」
「その?」
「だから……」
「だから?」
「…………ぇこ」
「え?」
「ね、ネコなのよ。その閻魔みたいなひとって」
「…………なぜに?」
「し、知らないわよ!! そんなの!!」
俺はネコの閻魔様を想像してみる。
(お前は、地獄行きだニァ〜)
…………悪くないな、うん。
「そんなことより!!」
俺の頭の中のネコ閻魔様がネコじゃらしをブンブン振り回して、死んだやつらの逝き先を決めていると、光が急に怒鳴ってきた。ああ、俺の閻魔様が消えていくぅ
「私、生まれ変わっちゃうのよ」
光が強く誇張するので俺は少し考える。
生まれ変わる=転生、転生=新たなる命、古い命は?=なくなる、古い命=幽霊、幽霊=光、つまり光=なくなる……!!!!
「なんでだよ!!」
声を怒声にして俺は叫んだ。
「はぁ、やっと気づいた……」
光はできの悪い弟を見たかのようにため息をついた。
「どうして光が生まれ変わるんだよ!!」
質問の内容が的を外したような気がしたがそんなの気にしない。ともかく理由を聞かせてほしかった。
「なんか、生前いいことした若い命はもう一回現世に挑戦する機会をもらえるらしくて、半強制的にそうさせられるんだって」
「だってって、お前……!!」
俺はなにがどうなっているのか分からなくなっていた。
「それにいつまでも幽霊の状態でうろうろしていると、
魂無しになっちゃって、いろんな人に迷惑かけるようになるんだって」
「……
魂無し?」
聞きいていてなんだかやるせない気持ちになる言葉をつい、聞き返してしまった。
「長い間、幽霊の状態で現世にいると、他の人の魂を食べちゃう
魂無しっていう怪物になっちゃうみたい」
「……だからお前はそれを受け入れたのかよ」
吐き捨てるように俺は呟いた。
「そんなにこの状態が嫌なのかよ!」
俺は自分の中にある不安を打ち明けた。
「うん。イヤ。絶対に」
光はあっさりとそう言った。ショックだった。そんなに俺とこうして話していることが苦痛だったなんて……俺は頭の中が白く塗りつぶされた。
「拓馬、私……」
「言うな!」
俺は、……俺は、お前のなんなんだ……
「聞いて拓馬」
「言うな!」
そういって俺は屋上から去ろうと走った。
「明日、明日が最後だから!!」
後ろから光の声が聞こえた。なにが最後だ。俺は勢いよく階段を駆け下りていく。勝手にいじめられて、勝手に死んで、勝手に俺の前に現れて、また勝手にいくのか! 俺は自分の無力さを惨めになるまいと必死に光のせいにしていた。ああ、うるせぇうるせぇもう何も聞きたくねぇ! 俺は光からまた目を逸らしていた。
家に帰ってから俺は自分のベットに駆け込んでベットを殴りまくった。感情なんて関係ない俺を満たすのは闇だ。俺は暗黒だ。
わかっていた。自分が犯したことを。わかっていた。なんで俺はこんなに自分が嫌なのか。わかっていた。俺が、俺自身が――
次の朝、俺の心とは反対に天気は雲ひとつない快晴だった。俺はタバコを取り出して、一服する。今日はいつにもまして喉が悲鳴をあげる。キリキリと。痛い……でも、光は頭に傷を作ってどれだけ痛かっただろう……。そう思うと、今度は胸の辺りが強く締められる。心が痛い……でも、光はいじめられた時、どれだけ心を痛めただろう。
やがて日は高くなり、夏の暑さが俺の部屋を侵し始める。俺は自分勝手だ。俺は自己中だ。俺は卑怯だ。俺は姑息だ。俺は怖がりだ。俺は劣悪だ。俺は……闇だ。そう、俺は闇だ。暗く深い闇だ。
その時、ふと思った。だから俺は「光」を求めたのか。だから俺は「光」に魅せられたのか。だから俺は「光」を感じたかったのか。だから……だから俺は……「光」をこんなにも愛したんだな。なんだ簡単なことだった。答えはもう最初っから「光」がくれていたじゃないか。そうわかっていたんだ。俺が、俺自身が――
愛すべき「光」を
俺は駆け出した。日はすでに赤く染まりつつあった。そう、暗いときには幽霊は見えない。暗いのは人なんだ。だから「光」は太陽があるところにしか見えないんだ。俺は走った。息が苦しい。動悸が激しい。目が回る。タバコを吸っていたつけが、こんなとこにまわって来やがった。畜生、もっと、もっと速く。俺の足はフラフラだった。だけど、俺には間に合わなければいけない理由がある。俺は走った――
「光ぃー!!」
俺はかすれる声を全開にして光を呼んだ。
「拓馬……」
光はもう薄っすらとしか見えなかった。
「光! 俺、お前に言わなくちゃいけないことが……」
「拓馬」
光は俺の言葉を遮った。
「光……」
「あのね拓馬。昨日私がイヤだって言ったのは、拓馬のことがイヤだったんじゃないの」
光は俺を叱りつけるように、でも優しく……
「また拓馬と一緒にいたいから……一緒に生きていきたいからなんだよ」
その優しい笑顔を、俺は二度と忘れまいと、いつの間にか流れていた涙越しに焼きつけた。
「そろそろみたい……」
そう言った光の体はもうほとんど見えなくなっていた。
「ねぇ拓馬」
「なんだ」
俺は、ただ優しく、光に答えた。
「ちょっと待たせちゃうかもしれないけど、待っててくれる?」
光は優しい目をしていた。
「ああ、待ってる。ずっと……」
俺の中は「光」で満ちてくる。
「別に無理しなくたっていいんだよ」
光はからかうように、でも少し本気で言う。
「バカかお前は」
俺は、
「デートでもなんでもなぁ」
俺は、
「好きなやつを待ってるのが男の仕事なんだよ」
俺は、「光」を愛している。
俺がそう言うと、光は
「ありがと、拓馬」
そういって光は優しい「光」と共に消えていった。
俺の真上には億千万の「光」が満ちていた。
エピローグ
「遅いな」
今日は式場の下見に行く。34になって結婚しても今の世の中じゃ珍しくはないだろう。しかし、結婚相手は少し、浮世離れかもしれない。16歳年下の女性では、いろいろと世間様の風当たりは自然と強くなる。大学の友人からは「お前は芸能人か!」とか「このロリコンが!」と罵詈雑言の多いこと。ふふん。羨ましいだろう。羨め、羨め。
そんなどうしようもないことを考えてたら、夕影夫人のご到着のようだ。
「ごめ〜ん。待った?」
優しい笑顔がそこにある。
「いいんだよ。待つのは男の仕事だからな」
俺も優しく答える。そして、
「じゃあ、行こうか
輝」
「うん!」
俺たちは今日も歩いていく――
あとがき
最後まで読んでもらいましてありがとうございます。
正直言いますと、この作品その都度その都度ストーリーを考えて書いたのでちょっと矛盾したところが見られると思われます。
自分でダメだしをしてしまいますと、・中盤のグダグダ感がつらい。・「魂無し」という言葉の必要なさ。・もっと内容を濃くできただろう場所の数。っといったところでしょうか。他にも気になった点ありましたら気軽にメールフォームからご連絡ください。
なにぶん、作者も初心者なのでまだまだ至らないところは多々ありますがこれからもよろしくお願いします。
2007年8月5日 行天大翔
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